スキル【溺愛】を獲得した冷酷無慈悲な侯爵は契約結婚の贄嫁を愛でたい
 マリーはリリアにおやすみの挨拶をして部屋を出ると、今日の仕事を終えた。
 しかし自分の部屋へ戻る途中、庭園の見える廊下でライザスがひとり突っ立っているのを目にしてしまった。
 マリーは周囲をキョロキョロ見まわしたあと、忍び足でライザスの背後にある植木の茂みに隠れ、そっと様子をうかがった。
 ライザスは苦悩していた。

「なぜだ……なぜこんなにも胸が痛い?」

 ライザスは花壇にしゃがみ込んで、月光に照らされるワスレナグサを見つめている。

「リリア」

 彼は切なげな表情で妻の名を口にする。

「スキル【慈愛】とは素晴らしいものだな。おかげで妻への愛を忘れずに済んだ。だが、これでいいんだ。偽りの愛にしがみついてはならない。リリアをこれ以上傷つけたくはない」

 ライザスはうつむき、歯を食いしばる。
 ワスレナグサが風にゆらりと揺れる。

「拗らせに拍車がかかっている」

 マリーがぼそりとそう言うと、ライザスが自分のほうへ目を向けたので急いで隠れた。
 ライザスはしばらくじっとマリーの隠れている植木を睨みつけていたが、やがて静かに立ち去った。

「バレバレだろうけど、咎められなくてよかったわ」

 マリーは安堵のため息をつく。

 ライザスにとってはそんな気力もないのだろう。
 今までは面白いと思って二人を観察していたマリーもさすがに気の毒になってきた。

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