二十年前の私と二十年後のあなたへ

*エピソード 既視と回帰

ここは…
 …ここはどこだろう?
 
 狭く閉ざされた空間、

まるでカプセルの中のような静けさ。
怪我をしたのか片手を掴まれ、
滑空するかのように移動していく。
車内の窓も開いているのか、冷蔵庫のような凍り付く冷気が薄着の私をチクチクと痛めつける。


ところどころのライトの点滅が毎秒間隔で行き来する。私たちは黙々と深夜のハイウェイをただ走り続ける。


 拉致?

 私は連れ去られてしまうのだろうか。
 …小一時間でも経過したのか、

 腕をじっと握りしめる男が、ようやく口を開いた。
 「もう着きますよ」とつぶやき、
 数分後、車は停止した。


 立ち上がってすぐ建物の入り口付近から母に右手を掴まれ男に左腕を押さえられながら人形劇のように一歩一歩と奥に進んでいく。
 小部屋に着いたが白衣の男は言葉を何も発さない。ナースさんに一言指示して、


 私は筋肉注射を受けた。
 …………意識がやがて薄らぐ………

 遙かなる過去世に訪れたことがあるような、四角の閉鎖された平らな部屋に連れられてきた。

ときおり小さく電子音が聞こえる。聴覚に異変があるとだんだん主観でもわかり始めている。

しかし痛みがひどい。肩が外れたようだ。全く動けそうにない。それより今は一体、何時であるのか。今の私にはそれを知る方法も、向こうからそれを知らせてくれる可能性もまったくないし、なにもわからない。
 どこからか、

叫び声が聞こえてきた。


 ここは病院か?それが分かった瞬間、異変が起きた。最大の苦痛。忌まわしき副作用、私は寝ながら首が後ろに引き攣った。
 首が後ろに引き攣った瞬間、見えなかったか細い窓枠が見えた。

 …眼球上転…
 私の首はますます反りあがり、次第に一点しか見えなくなっていく。


 そのとき不可思議な光景が見えてきた。


 か細い窓枠の間から真っ直ぐに流れ落ちる一筋の水流。綠か蒼くぼんやり流れる滝、あるはずもない煌煌と無音で流れ落ちる滝を私はいつまでもながめたい、刻が許すまで見続けたいと願った。そう感じさせるほど、感覚は現実を捻じ曲げ完全に逃避してしまった。
 この流れ落ちる水流は何を意味しているのだろうか?私が生まれる前に見た光景なのかそれとも死後にみる光景なのか整理できないでいる。
私を見守る存在が、
「落ち着きなさい、ゆっくりと流れる水流のように安定しなさい」
 と………そのように感じたいが今ははっきり言ってとてもしんどいだけである。
 でもずっと見続けるとだいぶ落ち着き、いっそのこと寝てしまいたくなった。
 
 窓の外がうっすらと明るくなってきた。

 カタコトカタコト、カタコトカタコト、
 
何やら、物音が立ち始めた。
 
 廊下の女性ナースさんがドアを開け、
「鳥井さん調子は如何ですか?」と尋ねてきた。私は何も応えることができなかった。激しい痛みと副作用でそれどころではなかった。すると次の瞬間ナースさんはぎょっとする「大変……鳥井さん…腕がパンパンに腫れていますよ」私はあまりにもびっくりし眼球上転はひっこんでしまった。
 一体どうなってしまうのだろうか…
 
 女性ナースさんが食事を運んできた。
「なんで朝ごはん食べなかったの?とても美味しいのに…」といい、部屋を後にした。
 私は運ばれたカレーライスに手を伸ばすが、
 届かない。そもそも身動きがとれないし、声も出せない。こんな過酷とも言える状況は認識できている。外で大きな声がする。騒がしくなってきた。
「鳥井さん立てるか?」と強く男性ナースさんに話しかけられた。ふたりがかりで起こされ、腕をポータブルのレントゲンで撮影した。私は疲れたので休みたかったが再び部屋に入ってきたナースさんに「鳥井さん外出するよ!」私は車椅子に乗せられた。病院の昨晩入場したエントランスを越え、車椅子は静かに進行し、丘の上にある病院の外観は遠ざかっていく。段差を越えるたび左腕が軋み始める。車椅子を押すナースさんは「頑張って!もうすぐ着くよ」
 と励まされる。坂道を下ると整形外科らしい外観の建物が見えてきた。私達はそのまま検査室へと入った。
 おじいさんドクターがレントゲン画像を見せて説明しているが不思議と声は届かない。聴力はいまだ回復しないが目を開いて画像をよく見てみると上腕のところで腕が真っ二つに折れてしまっている。が、何か引っ掛かる疑問がある。折れてしまっては痛さでそれどころではないだろう。しかしながらわたしはかろうじて正気は保っているのだから……
 
 私達は再び病院に足速に向かい、最初の部屋に戻ってきた。病室にはポツンと冷めてしまったカレーライスがあった。そういえばずいぶんと何も食べていない。おそるおそるスプーンを手にしていただいた。とてもやさしいほっとする味。若干温かい。
親切なナースさんが温めてくださったのだろう。
そのとき安心感からか、心底落ち着いたのか、
 涙がつうっと滴り落ちる。私はしばらくうつむいて顔を上げることができなかった。
 安心のまま横になり次の日はどうなっていくのだろうと考えているうちに眠りについた。……………
 目を覚ますと、また車内にいた。
救急車の車内であった。現実があまり掴めない。
 私はいったいどこに存在しているのだろうか?私は夢のなかにいるのだろうか?
 どこに向かうか私は尋ねたら「新しい病院だよ」と救命士は応えた。そのようなやりとりをしていると意識は薄らぎ………
 ここはどこだろう?
 狭い空間
 頑丈な扉
 シミのついた天井
 薄暗く 静かでいて
 部屋には機械があり
 メーターが音をたてて点滅している
 それにしても熱く感じる
 それよりも
 今はただ眠りたい
 ずっといつまでも眠り続けたい
 今は何時だろうか?
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