二十年前の私と 二十年後のあなたへ

エピローグ 現在進行そして二十年先へ

暖かい毛布が何より心強い寒空、強化ガラスより弱い光が簡素な作りの保護室を包み込む。とはいっても何ら変わらない状況である。私の病状は寛解には至るものの、一生涯抱える病気であるため、
二十年間、良くなることもあれば悪くなることも…
 
 この時代は感染症が猛威を振るっており、
 二十年も経っても建物からは一歩も出ることのできない閉鎖病棟。感染症患者と同じく一歩も出ることのない理由とは、病院の中でさえ危険ということ。外来患者には必ず感染症の方はおられる。接触すると、病棟にウイルスを持ち込むこととなってしまう。
 病棟にウイルスを持ち込む前に事前に手を打つのが病棟管理者ということだ。私も感染したくないため、病棟でもマスクをすることとなった。
 入院説明でドクターより
 感情障害も含め新たな入院で長期入院になることの説明を受けた。かつて出利葉ナースにキレられたあの一件から一人の人間が成人になる長い年月が経ってしまった。彼と再会したのだがもちろん以前のことはほとんど覚えておらず、加害意識も思い込みに過ぎず、また与えられた時間はその過ちを丸ごとさらっと洗い流す。病識を持つということは私達が未来へ余計な障害をこれ以上作らぬように理性的な姿勢を揺るぎなく保ち続けること。
 
 球大病院の一階グラウンド、だれもいない
 冬空の下、ひとり佇む。雲は一つにまとまり今にも雪が降りしきってきそうだ。閉鎖の通用口からひとり男性ナースさんが現れた。
 出利葉ナース。出会いとは不思議なもので
 二十年の歳月が経っても必然的に言葉を交わす時がやってきた。私は顔に皺が増え、彼もところどころ白髪がある。思い出話をすると、
「鳥井くんよくそんなこと覚えとるね。僕はそんな細かいことは覚えてないよ」と言って笑っていた。じっと静かに植物観察して四ツ葉のクローバーを探す彼の姿は歴戦の強者のような風格をも感じさせる。落ち着いてゆったりとした空気。張り詰めていた空気がスッと穏やかになる。
 新しい出会いもある。私が初めて入院したときはまだ幼い少女であっただろう有働ナースが私の担当になった。彼女にはなんでも話すことができるほど温和で寛容な姿勢の新米ナースである。彼女の瞳が私はとても好きで入院後もお会いしたいと感じさせてくれるほど私の前では嫌な顔ひとつしなかった。そう彼女に言うと、それも仕事だから!と言っていた。
 私の腕の怪我はしっかりと回復した。今では心置きなく大好きな水泳を楽しめるほど。
 精神の患者は抗精神病薬を、何年かおきにモデルチェンジ、アップデートしなくてはいけない必要があり、私は調子を崩したのをきっかけに長期作用効果の抗精神病薬を導入することとなった。
 体調を崩したきっかけとなった原因は
 …ここはあえて答えないでおこう。
 人生で本気で調子を崩すほどに
 (死にかけるほど)
 悩むことは大それた答えではなく、答えはそれしかないともいえる。
 人生から本気で私は問われ、未来から無事の人生を…歩めるか警告されているのだろう。
 アラームに驚いた脳は動揺を隠せず、機能変調をきたす。
 新しい出会いもあり、私は二十年後の未来まで責任をもって私を未来まで私自身が届けなくてはいけない。
 
 今世において出会い続けているあなた、
 いつも出会い挨拶をする。
 あなたの笑顔が私をなにより元気にする。
 罪も穢れも洗い落ちたおおよそ二十年後、
 疲れてしまったあなたに私の笑顔を
 必ず届けたい。
 
 雲ひとつなく晴れ渡り、風のない静かな昼下がり、病棟の中を散歩しているとき有働ナースが声をかけてきた。初々しく明るく場を和ます自然体の女性。私は彼女の瞳が好きでお話しするときは、いつも目を見ていた。
 寒空の中バレーボールを二人で取り組んだ。有働ナースは「私はバレーボールを始めてみたかったけど背が低くて始めれなかった…
 入院中に是非教えて!」とマスク姿の彼女は笑顔で言った。
「いいよ。だけど僕は今まで厳しい愛を受けてここまできたから教え方は手加減できないよ」
 と彼女に云い、バレーボールのアンダーハンドパスの基礎を手振りを含め教えると、
 笑いながら時折りあちらを向いてうっすら潤いのある瞳で哀愁を浮かべしっかり腰を落とす。黙々とパスする彼女を目に焼き付けておきたい。とても麗しい姿…
「私たち医療従事者は感染症を持ち込んではいけないので飲み会や人と密で会うことは禁じられているのよ。鳥井さんとこうやって屋外でバレーボール楽しんだり、みなさんとスポーツするのがなにより私の癒しよ」
 私は彼女の残した言葉と記憶を忘れない。
 ペンを走らせ感染症、病魔の記憶苦しさを後世に伝えること。そしてなにより病魔を乗り越えた大きな幸せが私たちには掴むことができるというエネルギーのバトンを渡したいと思う。
 看護師の皆さん、
 ありがとう。あなたたちがいるからこそ
 恐ろしい疫病が何度も襲ってきても安心して身を預けられる。
 時を待たずして、私は時期に退院する。



 果てもない未来に対する責任、今の瞬間を無駄にすることなく精進し続けなくてはいけない。

どんな病も辛い症状も人々の優しい言葉と笑顔がいつも私を前進させてくれる。

疫病、戦争、人生の如何なる困難も祈りご祈念させていただくと必ず良い方向に向かうことを、
 
         


 そう心より信じて。
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