悪役令嬢は悪役侯爵さまの手をとるか

第3話

 誰もがモニカと私の様子を見比べている。
だからこそ私は、普段よりもより一層余裕たっぷりに優雅に振る舞う。
動揺する姿や悔しがる様子を、微塵も匂わせてはならない。
これでモニカが正式に婚約者と決まったわけではない。
このあと私がダンスに誘われれば、「今日の一番」がモニカだったというだけだ。
そんな自分への言い聞かせが、繰り返し繰り返し頭をよぎる。
それでも私は、気づいてしまった。
彼の胸に挟まれたハンカチと、さっきモニカが見せたハンカチがお揃いだったことを。
王子は婚約者としてモニカを選んだ。
今夜のパーティーは、それを事前告知するためのものだ。
これから王子が正式にプロポーズをして婚約が公式に成立する前に、それぞれの貴族たちは自分たちがどう動くのか、意思表明をしなくてはならない。
無関心でいるのか、賛同するのか……。

 今夜を境に、間違いなくモゴシュ家へ人気が殺到し、対立していた私への拒絶反応が強まるだろう。
社交の場に招待されることもなくなり、例え出席したとしても誰からも話しかけられない相手にされないまま消えてゆくんだ。

 モニカと優雅に踊るマリウスと目が会った。
そうなることが分かっているからこそ、こうやって伝えているのだ。
正式に婚約が成立してしまう前に、己の身の振り方を考えろと。
モニカに頭を下げに行くか、社交界から去るか。
貴族として生まれた以上、自分一人で何かを成し遂げるなんてことは認められない。
それは平民にのみ許されること。
どれだけ商才を発揮し財をなそうと、学問に熱中し功績をあげようと、平民が貴族にはなれないように、私たち貴族がそんなことをしたところで認められない。
変わり者扱いされるだけ。
「貴族」とは、自分たちの地位を守り高めるためだけに、本心を隠し華やかに微笑む者のことだ。

 大勢の観客の前で、マリウスがモニカと踊る。
勝者には賞賛を、敗者には嘲笑を。
プライドと意地だけで微笑んでみせるには、辛すぎる。
ここで泣いて悔しがっては、笑いものにされるだけ。
私が今一番すべきことは、笑って二人を祝福すること。
そうと分かっていても、体がちっともいうことをきかない。
動かない。
ここから出て行けば楽になると分かっているのに、今すぐここを出てしまえば、私にはもう戻って来られない。
待っているのは嘲りだけ。

泣いちゃダメ。
泣いちゃダメよ、アドリアナ。
ちゃんとここに居て。
ここから動かないで。
二本の足でしっかり踏ん張って立っているのよ。
いつものように優雅に微笑んで。
華やかに笑ってみせて。
それがここで生き残るための道。
正式に婚約発表がされたら、私は真っ先に彼女にお祝いを言わなくてはならない。
今この瞬間、私は負け戦の将となってしまったのだから。

「王子の登場で熱気が増しましたね。少し、風に当たってきますわ」

 そう言って広間を出る。
立ち去る背中に聞こえなくても聞こえてくるのは、冷笑ばかりだ。

「あら。モルドヴァン家のご令嬢は退室なさるのね」
「そりゃ見ていられませんわよ。モニカさまと王子のダンスなんて」
「彼女は今のあのお二人のこと、どう思っておいでかしら?」
「ふふ。顔で笑って心で泣いて、いずれ頭を下げに来るでしょ。今ここでそれが出来ないなんて、まだまだ子供ね」
「これでアドリアナさまもご理解されたことでしょ。ご自分がこの社交界で、どういったお立場にあられるのかを」

 冷淡な視線と値踏みばかりされる豪華な広間を抜け、バルコニーへ出る。
王子の登場によって少しでも彼に近づいておきたい招待客は、皆広間に移動してしまっていた。
華やかな広間と扉一枚隔てた静かな夜の下で、私はテラスに身を投げ出す。

「どうしてなの、マリウス……」

 ひんやりとして冷たい大理石に頬をつける。
高まる熱をここで下げておかないと、私は本当の負け犬になる。
広間を離れた時点でそれを認めたようなものだけど、ここで立て直しいつものように誇らしく微笑んで、気位高く伯爵家令嬢としての品格を……。
私の頬を、一筋の涙が伝ってこぼれ落ちた。

「おや? こんなところにお一人で。どうかなさいましたか? アドリアナさま」

 低く落ち着いた重低音の声と、バサリとマントを翻す音。
迷いなくこちらに近づいてくる足音に、私は密かにため息をついてから、伯爵令嬢としての仮面をかぶりなおす。
しっかりと顔を上げ、まっすぐに彼を見上げた。
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