悪役令嬢は悪役侯爵さまの手をとるか

第5話

「それでこそアドリアナさまです」

 差し出された彼の手に、自分の手を重ねる。
普段はあまり表だったところで目立つようなことをしないラズバンさまにすれば、ちょうどいい話題作りだったのかもしれない。
王子相手なら、自分をネタにしてもいいと、そう思ったのだろう。
王子がフッたばかりの相手をすぐさまダンスに誘うなんて、この人にしか出来ないこと。

「これは、利害の一致ということでよろしくて?」
「賢い女性が、私の好みです」

 スラリと背も高く、黒髪にマリン家伝統の黒い衣装で身を包んだ彼は、どんな場所にいても人目を引いた。
いつも女性に周囲を囲まれていても、滅多にダンスなんてしない彼が、王子がフッたばかりの元婚約者と共に彼の目の前で即ダンスを踊る。
これほど痛快な復讐方法って、他にある?

 バルコニーから広間へ向かう扉を、彼が勢いよく開ける。
その音に、会場中の参列者が私たちを振り返った。
当代きっての侯爵令息に非の打ち所のないエスコートされながら、私は広間に続く階段を下りる。
もちろんマリウスと二人で一緒にいたモニカも私たちに目が釘付けだ。
そんな大勢の観衆を前に、ラズバンさまはもう一度丁寧な仕草で私をダンスに誘う。

「今宵一曲、私と踊っていただけませんか?」
「ふふ。お相手出来て、光栄ですわ、ラズバンさま」

 王子とのダンスと違って、私たちのためだけに音楽は奏でられない。
手を取り合ったまま、次の曲が始まるのを身を寄せ合って待つ。
彼が耳元でささやいた。

「本当に、アドリアナさまは悪い人ですね」
「まぁ、それを提案なさったのは、ラズバンさまですわ」
「ふふ。もくろみ通り、王子もモニカ嬢も、とても驚いているようですよ」
「ラズバンさまのおかげです」

 新しい曲が始まった。
私は彼にリードされ、優雅に踊り始める。
マリウスとは違って、彼はとても背が高い。
重ねた左腕が随分高い位置にあると感じる。
滑り出したとたん、彼は私の頬に口元を寄せた。

「あの王子に、見せつけてやりましょう。アドリアナさま」

 軽く触れた唇がキスをされたように感じて、思わず頬を赤く染める。
彼はそれを鼻で笑うと、大きくターンした。

「ほら。思いっきり目立ってやろうじゃないか!」

 その言葉通りの、大胆な動きが連続する。
くるくると何度も回転させられては、会場中を走り回った。
それに振り回される私は、息が切れそうだ。

「ラ、ラズバンさまは、ダンスもお得意でしたのね?」
「私が? それほどでもございませんよ」

 最後のポーズ。
大きく背中を反らされ、倒れそうになった私を彼の腕がしっかりと支える。
これではダンスではなくて、救助か介護されているようだ。

「はは。アドリアナさまと踊るのは、そういえば今夜が初めてでしたね」

 踊り終わって、解放されるかと思ったのに、彼はそのまま私の腰に手を回した。
これで解散じゃないの? まだ見せつけるつもり? 
彼は私の腰を捕まえたまま、飲み物を取りに行こうとしている。

「そ、そうでしたわね。とても楽しかったです。またいつか機会があれば……」

 握られた手を離そうとしたのに、彼はそれを力強く掴んだまま逃がしてくれない。

「おっと。まだお相手をしていただきますよ。キミには俺の女性避けになって欲しいからね」

 確かに私が彼の側にいれば、他の令嬢はラズバンさまに話しかけには来られないだろう。
だけどそれは、マリウスも同じ。

 私はそれとなく、だけど必死で彼の姿を探す。
王子はモニカを隣に従えたまま、他の伯爵夫妻と話していた。
私のことなんて、まるで本当に気にしていないみたい。

「おや。私といるのに他の男によそ見ですか。お行儀の悪い人だ」
「もうダンスは終わりました。離してください」
「ダメだ」

 もう一度、彼の唇が私の耳に口づける。
これじゃ頬にキスしたと誤解されても仕方がない。
思わず赤くなった私を、彼は面白いものでも見るように微笑む。

 ラズバンさまとマリウスはライバル関係にあり、いつも何かと理由をつけては互いに競いあい張り合ってきた。
ラズバンさまは、王子に対しそれが許される唯一のお立場。
そんな彼が、王子の「元婚約者」を連れているのは、彼にとって単純に愉快なことなのかもしれない。

「もしかして、私までからかっているおつもりですの?」
「まさか。やっとあなたを堂々とダンスに誘えるようになったのです。これまで王子以外とのダンスは、全てお断りしていたでしょう?」
「お戯れを。そうやって数多くの女性を泣かせてきたというお話は、よく耳にしておりますの」
「それは心外ですね。私はこの時をずっと待っていたのに」

 どういうこと? 
彼の顔が近すぎる。
実際は耳元でささやいているだけでも、本当にキスされてるみたい。
これでは私とラズバンさまが、以前からどれほど親密であったかを、周囲に誤解させようとしているみたいだ。
こんな公の場でなければ強く拒絶も出来るけど、彼の立場と衆人環視という状況を考えると、到底やめさせることなんてできない。
< 5 / 12 >

この作品をシェア

pagetop