悪役令嬢は悪役侯爵さまの手をとるか

第6話

「さ、参りますよ。アドリアナさま。これでようやく、私の番が回ってきたんだ。今夜のうちに、ちゃんと気持ちを打ち明けておかないと」

 腰に回された腕が、強く私を引き寄せる。
彼はすぐ目の前にあったテーブルの上のフォークに手を伸ばすと、そのまま小さなチーズの欠片にブスリと突き刺した。

「はい。あーん。お口開けて」
「ラズバンさま?」

 正気を疑う。
立派な爵位と立場のある人が、こんなところでどういうつもり? 
マリウスとだってこんなことしたことないのに! 

「ほら早く。皆が見てますよ。それとも、もっと注目されたい?」
「あの、お言葉ですがラズバンさま? 私はあなたとこんな戯れを交わすほど親しくは……。っん!」

 口の中に無理矢理チーズを突っ込まれ、喉を詰まらせる。
それを見たイタズラの張本人は黒い目で笑った。

「はは。本当にキミは、いつどんな時でもお可愛らしい」
「一体どういうおつもりですの? ラズバンさまは私を使って、王子をからかいたいのですか? それは的外れでしてよ」
「なぜ的外れだと?」

 そう言いながらも、彼は私の腰を腕に抱え込んだまま、放す気配もない。
それどころか、フォークを片手にまた別の食べ物を物色しているようだ。

「あの、ラズバンさま? 私はもうお腹一杯ですけど?」
「またそんなつれないことを。もしかして、チーズはお嫌いてしたか? ならばこちらはどうです?」

 こんどは皿に並んだ木いちごの実を突き刺した。

「ほら、食べさせてあげるから、口を開けて下さい。愛しい人」
「本当にどうなさったのですか? なんで急にこんな……」
「急だと思います?」
「当たり前です。今までこんな……」
「ラズバン殿」

 不意に声をかけられ、我に返る。
マリウスだ。
助かった。
王子の前でなら、ラズバンさまもこんなイタズラは続けられない。
王子はいまだ抱き合う私たちを見ながら、静かに笑みをたたえている。
私は助けを求めるように声をかけた。

「あら、マリウス王子。このたびはモニカさまとのご婚約、おめでと……」

 ラズバンさまから離れようとした私を、彼は自分の背に隠すように引き寄せた。

「何ですか王子。せっかく私がアドリアナさまを口説こうとしているのに、邪魔をしに来るとは、あなたに似合わず随分と不粋なマネをしてくれますね。らしくない」
「ちょ、お待ちください。ラズバンさま! 私はダンスを一曲お受けしただけで……」
「そうですよ、アドリアナさま。あなたが王子以外の手を取るなんて、滅多にないことではございませんか。男ならこの機会を逃したくないと思うのでは?」
「それはラズバンさまの誤解です! 王子以外の方とも、誘われればダンスくらいお受けしています!」
「おや、そうでしたか? 俺には到底そんな風には……」

 言い争う私たちをなだめるように、王子が言った。

「あの、ちょっといいかな」

 そんなマリウスを、ラズバンさまは見下ろす。

「なんですか王子。手短にお願いしますよ?」
「お取り込み中のところ申し訳ないが、私と踊ってもらえないか。アドリアナ」

 王子が私に向かって左手を差し出した。
ダンスの誘いだ。
その行動に、周囲がざわめく。
普段マリウス王子は、一晩のうちにダンスを踊る年頃の女性は一人だけと、彼自身が決めていた。
二人目以降は、ご高齢の方か既婚のご婦人方ばかりと踊っているのに。
しかも婚約者として事実上モニカを選んだことを告知したこの場で、他の女性を誘うなんてあり得ない。

「私はいま、アドリアナさまと過ごしていたのですが? マリウス王子。王子にはあちらでたったいま愛を誓った別の女性がお待ちですよ」

 ラズバンさまが彼を高圧的な態度でにらみつける。
婚約者候補から外れた私を、この人の「遊び道具」にしないでほしい。
こんなくだらない争いに、私と彼を巻き込まないで。

「あの、マリウス王子? 大変失礼とは思いますが、これではモニカさまが気を遣うことにな……」
「頼む。アドリアナ」

 王子の手が、ラズバンさまに抱きかかえられた私の腕を掴んだ。
強く引き寄せられ、彼の胸に転がり込むようにして、ダンスのポーズをとる。

「私と一曲、踊ってくれ」

 王子の強行ぶりに、ラズバンさまも呆れたようにやれやれとため息をついた。
ここまでされては、私も断れない。

「で、では、一曲だ……」

 返事もしないうちから、王子は私をダンスへと引きずり出した。
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