『逆、猫吸い譚 ~雄の三毛猫、三条国芳は今日もすず子の匂いを吸う~ 』
寝かされて解かれた寝間着の腰紐……着くずれ、一枚ずつ開かれていく私の体。
国芳さんも寝間着が邪魔だったのか袖を抜いて上半身があらわになる。その姿にある男性の色気か、それとも初めて感じる素肌から匂い立つこの切ない甘い匂いのせいなのか、私の意識はもう彼が私に成すことひとつひとつに敏感になって、僅かな触れ合いにも反応してしまう。
「んっ……」
また私の胸元に顔を落とす人。
足の間を探られてしまえば下履きだけのそこは隔てる布なんてないし、私も抵抗する気は無かったけれど「お前はあまり啼かないのか」と問われてしまって言葉が上手く返せない。国芳さんはそっちの方が好き?なんて問えなかった。
「啼かせてやろうか」
低い声が私の羞恥を掻いてしまうし、なんだか下拵えされている気分になってきている。
「そういう、のは」
「趣味では無い、と?俺はお前が夜毎、猫のように啼いている姿を何度想像した事か」
国芳さんの視線の先には彼が肩に掛けていた羽織りものと、私が肩に掛けていた羽織りものが無造作に重ねられている。流石に汚してしまったら大変だと国芳さんも思ったのだろう。
私が肩に掛けていた方も元は国芳さんのもので、恋文を交わすように私たちは自分の匂いを互いに交換していた。
頃合いを見たところでずるりとそのまま布団に寝かされれば重なり合うあの羽織りもののように、今から私と国芳さんは体を重ねる、けれど。
「え……それ、は」
口ではあんなことを言っても優しくしてくれる人が組み敷いている私の頭上に不自然に腕を伸ばしたからつい、目で追いかけてしまった。
「後で説明する。まだ、怖いだろ」
国芳さんの手にあったのは一枚のスキンのパッケージ。
どこで手に入れて来たのか、もしかしてこの時の為にわざわざ現世まで降りて買って来たのだろうか。でも私の体は人間、国芳さんの体は……こうして触れ合える実体があっても、どうなんだろう。よく考えてみたら言われたように少し、怖くなる。
だから国芳さんは私を怖がらせない為に人の営みと変わらないように気を使ってくれている、のかもしれない。
それにたまちゃんがよく言っていた首を噛まれると言うのも今のところされていない。限りなく人と人のように接してくれている。
でも国芳さんもどこでそんな事、知ったのか。
あのたまちゃんですら五十歳となると国芳さんの年齢は、三桁?
それなら多少は人の交わりを知っているのかもしれない。
「あっ……」
気が逸れてしまった私を上から見つめる国芳さんの深緑の瞳に胸がきゅ、と切なくなる。
彼に愛されて、気分はふわふわとしていた。
本当ならもどかしいくらいの淡い快感の筈なのに国芳さんに見つめられたり触れられていると切なさが沢山、溢れてくる。
もっと、もっと、と求めてしまう。
私の胸の奥にある欲望が国芳さんに伝わってしまったのか眉尻を落として笑っているし、私はただ、浅く呼吸をすることしか出来なくて。どうしたら良いのか、と思いながら少し体勢を整えようとしたら意図せずちょうど肩口にあった彼の頭を……耳のある所に触れてしまった。
「っ、く」
一瞬、何か我慢したように呻いた国芳さん。
もしかして耳、ともう一度彼の耳のふちに指を滑らせる。
「やめろ、すず子」
国芳さんの頬が赤くなっている、と言うことはきっとそこは彼の気持ちいい所。ちょっとした出来心で私は自分の指先で彼の薄い三角の耳をそれぞれにすりすりと優しく摘まんで擦ってみる。
びくびくと抵抗する耳と一緒に国芳さんの吐息が強く――これ、もし私が毛繕いのように舐めたら国芳さんはどんな反応をするのだろうか。
「お前……本当に啼かせるぞ」
国芳さんが体を起こして、私の指先は耳から離れてしまった。
だって、すべすべしていて触り心地が良かったから。そんな私の視線に深く息をする国芳さんはどうやら私の中に押し入る事を決めたようで、私も少し身構えた。