『逆、猫吸い譚 ~雄の三毛猫、三条国芳は今日もすず子の匂いを吸う~ 』
座ったまま擦り合う唇と唇、私の竦んだ肩から滑り落ちる羽織りもの。
くすぐったくなって少し顔を背けてしまえば追われて唇の端を舌先で舐められる。毛繕いみたい、とうっとりしそうになったところで急に我に返ってしまったのはころり、と彼の懐から私たちの膝と膝の間に転がり落ちた小さな木箱の存在。
「これ、って……」
ちゃんとお部屋から持ってきたんですね、と眉が下がってしまう。しかも箱ごと。
「もしもの事が……俺はお前を傷にしたくない」
「あんなに強く噛んだのに?」
「今日はしない」
「猫さんはきまぐれですからね、どうでしょう」
「すず子、俺が悪かったからもうその話は」
とん、と枕元の方へ置かれた木箱が私たちの間からなくなれば膝を進めた国芳さんの手で私は敷布団に背を落とす。
「耳がしょげていますよ」
ふふ、と国芳さんの“弱い”らしい耳に触れる。
片手だけだったけどすりすりと指先を擦り合わせるように優しく触れていると国芳さんが少し身震いをした。
あまり触ったらまた噛まれるかも、と手を離す。
「お前はよく分かっているな、危うくまた噛む所だった」
猫のあの反応をなんて言うのかは知らなかったけれど、嫌がらない場所を撫でていても不意に噛まれてしまう事がある。何か反射的なものだと思うし歯が当たるだけで本気で噛んでいるわけじゃないし。
「ふ……」
深呼吸をした国芳さんが私の腰紐を解く。
この瞬間が一番恥ずかしいかもしれない。普段は隠している場所が、愛を交わしたいと思った人に暴かれてしまう。
そして優しい表情で細められた緑がかった綺麗な瞳で見つめられる。
不思議な巡り合わせに私の胸は切なくなるばかり。
焦がれるような、ちりちりとした痛みにも近い求める衝動を感じるのは始めてだった。
「思い出した」
お前、俺の尾を見たいと言っていたな、と言われて次の瞬間には寝間着の襦袢を剥いで完全に素肌になった国芳さん。癖っ毛な三毛のしっぽが私の膝をすり、と掠める。さらさらと器用に動かすものだからちょっと面白くて笑いそうになってしまった。
「見たいと言ったのはお前だが?」
反応が不服だっのかぱた、ぱた、と私の足をしっぽで叩く。
「触っても……」
「駄目だ。おい、そんな目で耳と尾を交互に見るな」
国芳さんが珍しく恥ずかしそうにしているのでそう言うことなのね、と私も人間としてはそこそこの年齢。少しは相手に悪戯と言う物をしたくもなる。国芳さんにされてばかりで、やり返したくもなっていた。
「お前今、絶対に」
「しませんよ……たぶん」
人の姿の、男性の手が私の体に触れる。
そう、国芳さんは柔らかい部分がお好きなようで……どうしても猫の特徴が出てしまう。
暫くは揉まれるように全体的に触れられるごく淡い気持ち良さに浸っていたのだけどちょうど私の目の前でぴくぴくとしている耳の存在。私にも出来心、と言うのはあったので口を開けて……。
「ッく、」
ちゅ、と音が立ってしまった。
「やめ、ろ」
唇に挟んで歯を立てないように、ぽかぽかと温かくなっている三角の耳の先端を舐めて吸う。
私の胸を押し上げるように、こねるように揉みしだいていた手が止まって吐息が混じる抗議を受けてもそのまま。
「ん、」
国芳さんの癖っ毛な頭に軽く手を添えて、透ける程に薄い耳の先を慎重に、丁寧に愛する。
「……もう、離してくれ……っ」
私の胸から手をゆっくり離してお手上げ、になる国芳さん。
それなら、と手を放せば三角の耳は強くぶるる、と震えて私の事をじと目で見つめる国芳さんがいた。
ちょっと、やりすぎちゃったかな?と思った時には遅かった。
「噛むぞ」
「本当に?」
「ああそうだ」
「噛まないって言ったのに」
ぐいぐい、と足の間に片足が割って入って私の首筋に歯が、少しだけ当たる。
国芳さんに「あなたのお嫁さんに」と伝えて初めて素肌で過ごしたあの夜の時、本気で噛まれた自分を思い出すけれど今夜はちゃんと加減をしてくれているようだった。