『逆、猫吸い譚 ~雄の三毛猫、三条国芳は今日もすず子の匂いを吸う~ 』


 十分に人と同じように、それ以上に器用だと思う指先は“色々と分かって”やっている。どれくらいまでしたらいいのかも、はたしてどんな文献から得た知識なのか。

 今日、私の足の脛に掠めている柔らかな毛並のしっぽは機嫌よく、ゆらゆらと私の足を撫でている。

「なあすず子、気が散らないのか」

 国芳さんが手を止める。
 どうやらしっぽの存在を言っている、らしい。

「心地いいですよ?足元で、ご機嫌さんに揺れてて」
「全くお前は……」

 少し伏し目がちになっている国芳さんは私の事を思っての一枚のエチケットを小さな木箱から取り出す。

「少し横になれるか」

 こうですか?となんとなく国芳さんがどうしたいのか知って体を横にする。どうしたって私の下半身はもう見られても、そう言う営みの真っ最中だから腹を括る。

「お前はわりと潔い所があるな」
「はしたない、と」
「思わない」

 きっぱりと言い切って。
 お互いが向かい合うように横になれば上になっている方の足を掴まれる。
 こうして欲しい、と言う誘導に従って少し力を籠めた。

 まだ私たちは初夜しか迎えていない……あの日、私の体が耐えられなかったのを知った国芳さん自らが暫く“お預け”状態を享受していた。それは、ちょっとかわいそうだったのかもしれない。散々、匂いだけを吸って――本当はその先だってしたかったかもしれない。

「んん……」

 激しさは無いけれど、穏やかで、幸せな気持ちが溢れてくるような感覚。
 人の姿をしているとは言え、その習性を垣間見ながら暮らしていたせいか私にもそれが移ってしまったようで、目の前にある太い鎖骨に唇を寄せて、舐めてしまった。

 びく、と反応する国芳さんは何も言わずに回した腕で私の後頭部を撫でてくれるから、続ける。
 私の舌はざらざらしていないから、国芳さんはどう感じているんだろうと思っていれば「猫のようだな」との感想にふふ、と笑ってしまう。そうかもしれない。

 最初は緩やかな交わりも果てようとする感情が重なり合えば目が眩むような激しい一瞬を互いに求めてしまう。
 さわさわと癖っ毛なしっぽが私の足を撫でてくれているようだけど、今の私ではもう……感情を抑えようとすればするほど、体が熱くて。
 私を噛まないように耐えている国芳さんが歯を食い縛っているけれど私の白む視界もちかちかと光る。

 啼いた声は、猫のようだった。

 大きく肩で息をしながら私の震える膝を抱えて呆然としている国芳さんがいた。とりあえず気を取り直したのか数秒後には身を引いた人はなぜか視線を下げたまま、固まっていた。どうしたんだろう、とちょっと心配になるくらい動かない。

「国芳さん……?」
「何でもない」

 それは絶対に何でもなくない。
 余程の事がない限り今、現世に売っているスキンは破れたりなど……一応、私と国芳さんは“魂の形が違う”のでもし何かあって失敗してしまっていても大丈夫、と言う表現は適切ではないのかもしれないけれど大丈夫なのは知っている。

「見ようとするな」

 私のちょっとした好奇心は猫をも、の前に目元は国芳さんの片手で覆われてしまった。

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