『逆、猫吸い譚 ~雄の三毛猫、三条国芳は今日もすず子の匂いを吸う~ 』
第六話 美しいつがい

 俺は疲れて眠るすず子の首筋を撫でていた。
 幸せそうに眠る体は素肌のまま、軽く拭いてやったものの湯あみに行ける体力は残っていなかった。

 まつ毛が少し伸びたか。
 胸に掛かる程度だった髪にも艶が出たか。
 肌の滑らかさは?と指先でなぞる番の形。

 贔屓目ではない。
 すず子は日に日に、美しくなっている。
 それと同時に、人としての魂も磨かれたかのようにこの柔らかな唇で紡がれる心からの祈りの言葉は我々が仕える神に捧げる祈りと同じ意味を持って、煙と一緒に焚き上げられた。
 人として神に仕える宮司の爺さんの祈りも俺は良い物だと感じていたが……死相すら見えていたすず子の心の移り変わりは外見が輝くように美しくなっていくのと同じく、目を見張るものがある。

 人の子の目には、俺たちが美しく見えるらしい。

 ただの猫の神使だ。そんな事、考えもしなかったが……現世への視察の名目で尾と耳を隠し、この柔らかい体の内を傷つけないようにと入った店で向けられた歪な雑念。買って悪いか、と思った。

 肉欲に溺れる訳じゃ無い。
 俺とすず子の間に子は生せないが、純粋な愛情と言う欲が無ければ子孫の繁栄など出来ない。
 それに、素肌を重ね合わせるあの何とも言えない幸福感はすず子としか感じられない唯一無二の物。神も祝福をくれた。

 「ん……?」

 撫でられて気が付いたのか、ぼんやりと薄く開く瞼。
 まだ寝ていろ、と頬を指先で撫でればくすぐったそうに笑って、また瞼を閉じる。

 なんて愛おしいのだろう。
 それと同時に抱くのはいずれ近い内……すず子を他の猫の目にも、それ以外の種族の上級の神使たちにも見せなければならない不安。
 すず子は人の子で、俺は……猫だ。何を言われるか分からない。神の確固たる後ろ盾があっても、俺は不敬にも不安だった。

 玉に、すず子の小袿を用意させている。
 公の披露目ではないから色の重ね方も玉に任せた。
 それくらい、気楽でいいのに……。

 あの日、すず子の世話を頼んだ玉が嬉しそうにしていたのを覚えている。
 俺のいる猫寝殿(びょうしんでん)の一角に出入りをしているのは雄の神使やそれに準ずる猫がほとんど。雌、女性の世話が出来ると知った玉のあの爛々と輝いていた金茶の瞳と嬉しそうに横に向いていた白い耳を思い出すと今でも口元が緩むくらいだ。
 そんな玉にすず子の世話は任せておけば問題ないとして……それでもやはり、心配だ。

 あまり気は進まない、が。
 すず子を守る為なら、きっと受け入れてくれるに違いない。
 神社に訪れる雌の人の子もそれぞれに趣味のものを首に着け、提げているのを見かけていた。

 「……寝ないんですか?」
 「俺は夜行性だよ」

 起きてしまったすず子の瞳に見つめられて冗談を言えば納得してしまったらしい。人の形をとっている今は人の子と変わらない習性なんだがな。

 「んん……」

 どっちが猫なんだか。
 俺の胸元に頭を擦り付ける仕草は本当に、猫のようだった。

 
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