『逆、猫吸い譚 ~雄の三毛猫、三条国芳は今日もすず子の匂いを吸う~ 』


 花嫁衣装も早く見てみたい気もするし、不安もあるし。
 ジレンマってこんなにも切ないんだ、と実感する。

「何やってるんだ」
「ひっ」

 昼から続いて二回目の驚かしに引っ掛かる私は今、風呂上りの体を自分の寝所の寝台に敷かれた布団の上でごろごろと転がしていた。
 恥ずかしい……良い大人が子供じみた事をしていたのを見られてしまった。お風呂が気持ち良くて、どうしても湯上がりは気が緩んでしまう。

 私が疲れているのだと気を使ったのか、あれから黒光さんは国芳さんの執務室で刺繍の続きをしていた私の所にも、私の部屋にも訪れなかった。
 そうなるとまた明日かな、と思う。

「湯呑みはあるか」
「今日はお酒、持参されたんですね」

 もう、すぐ晩酌をしたがる。
 その御神酒は神様にお供えされた物なのに。
 私のお茶のセットがある猫足の膳台から湯呑を取って、蓋を開けている国芳さんの器用な手元を見ていればふわ、と香る匂いの違いに気が付いた。

「これ、清酒じゃない……?」

 盃がないのでお茶用の湯呑に注がれたのは薄赤くて透明な綺麗な色をしたお酒だった。

「神社の裏手の林に山桃の木があってな。宮司の爺さんの所ではそれを梅雨過ぎに収穫して清酒に漬け、一番最初に出来た物をこの時期になると供えてくれるんだ。ちなみにこれは爺さんが分けておいてくれた俺専用」

 宮司さん、わざわざ国芳さん用に用意してるんだ……絶対に国芳さんが我が儘を言って困らせたに違いない。だって宮司さん優しいし、穏やかな人だからかなんでも受け入れちゃうし。

 白い湯呑に少しだけ注がれる薄紅色。
 透き通っていて、本当に綺麗。

「山桃は癖があるんだが、なんだろうな……爺さんが作る物はなんでも美味い」
「人柄がでるんですよ、きっと」

 私の言葉に嬉しそうに口角を上げる人。
 私もそのお裾分けをそっと舐める。ストレートだから本当に少しずつ舌先で味わう。
 国芳さんは癖があると言ったけれど、この綺麗な薄紅色を保つための色止めに使っていると思うレモンの風味も重なって、飲みやすい。

 程よい酔いに心がほどけていく。
 果実酒の素朴な味わいと、綺麗な色。お酒をじっくり眺めたりすることもなかったな、と思う。そして私の隣には私の名前を呼んで、膝の間に座って欲しいと誘う人がいる。

 こうですか?と背中は預けないで座れば肩に添えられる私よりも大きな手がぐ、ぐ、と肩を押し始めた。
 私が以前にしたように、今日は国芳さんが肩を揉んでくれる、らしい。

 でも、それをやってしまうと私たちは。

「んん……っう」

 ぞく、と背筋が震えて思わず声が出てしまった。
 それと同時にぴたりと止まる国芳さんの手。
 今のは私が悪い……だって、こんなの、駄目。

 交わる甘い匂いにお酒が混じって、くらくらしてしまう。

 ・・・

 背後から抱かれ、羞恥でどうにかなりそうだった。
 できれば、自分の体がどうにかなっているのを見てしまうのは……と顔を背ければその首筋は小さく吸われて。跡にも残らないような淡さからざりざりとまた、丹念に舐められる。

 上がる息を堪えていれば背後でくく、と国芳さんが笑っていた。

 分かっているならしないで、とも言えず。
 国芳さんから慈しむように擦り寄られると、私はされるがままになってしまう。

 甘いお酒が体の芯に染み込むようだった。

 脱がされる間際の着崩れた私。
 いつの間にか背後の人に寄りかかってもたらされる愛情表現と「すず子」と耳元で名前を囁かれるだけで――なんとなく、私は敏感になりすぎている気がする。
 何よりも国芳さんが私に対してとても丁寧だった、と言うのもある。

「歯を食い縛るな」

 我慢しなきゃ、と思っても無理なのにどうしても無駄な抵抗をしてしまう。

 気持ちいいことと、怖いことがまるで紙一重のような時間。
 繊細なその加減がどうして分かるのか……でも心臓がこんなにもどくどくとしていれば、分かってしまうのかもしれない。
 そんな私に国芳さんはまた、匂いを吸うように優しく頬ずりをして、愛してくれる。

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