『逆、猫吸い譚 ~雄の三毛猫、三条国芳は今日もすず子の匂いを吸う~ 』
「見ないでください、そんなにじっと見つめないで」
国芳さんの余裕そうな表情が悔しい。
仰向けになったまま私は両腕で胸もとを隠してしまう。
でもどうせ、私はこの腕を離してしまうんだ、と自分でも分かってしまっていてそれもちょっと悔しい。
そして私と国芳さんの間にはちゃんと、マナーがある。
雄猫の生殖器には棘があるから、いくら精密に人の姿をしていても気も緩むような行為の最中に変化が中途半端に解け、私を傷つけてしまう事が無いように、と。でも前に……終わった後に国芳さんがご自分の下半身を見て渋い表情をしていた。
破れてしまったわけでも無さそうだしどうしたんですか、と見ようとしたら止められて。
ふと、人の姿をしているとは言え……国芳さんは後ろからの方が自然な感じなのかな、と考える。
今はごく普通に私が下で、国芳さんが上で、滾る愛情を受け止めていた。
「すず子?」
囲われた下で国芳さんを見つめる。
「私たちはもう夫婦、なので……言います、けど……国芳さんはその、あの……」
お酒が適度に入っているせいか、言ってしまった。
雰囲気を壊してしまうかもしれないのに、でも、それは国芳さんが私に合わせてくれているだけかもで、心配でもあった。
「……気を使わせたか?」
否定はしないで、短く頷く。
私は大丈夫だと伝えれば大きく息を吸った国芳さんはその吐き出される吐息に乗せて「怖くなったら言ってくれ」と言葉を掛けてくれた。
この二人の時間の時には普段の我が儘を見せない。
嫌なことだけじゃなくて、してもいいことを伝えるのも大切なこと。私は国芳さんに愛情を伝えるのと同じように言葉にした結果――国芳さんが、呻っていた。
その切ない声が私の背後から降って来て、このまま噛まれてしまうかも、と過る不安もあったけれど今日は国芳さんの好きなようにしても良いと伝える為に「少しなら、噛んでも」と伝える。
自らが持つ衝動を堪えている人に言う言葉じゃないのは分かっていた。
でも、今日はどうしてだろう。
「んっ」
遠慮がちに甘噛みされた首筋。
彼の理性はまだ残っているようだったけれど確実に私の皮膚に喰らいついて離さない。
これが猫の国芳さんの愛情表現。
息が整った頃合いに何とか体を横にしてちら、と見上げれば「お前は俺をどうしたいんだ……」と苦笑いされてしまった。
「だって……それが、あなたの習性だから……」
私の体を大切にしてくれているのは分かるから、本気では噛まないのも分かっているから。
私にはちょっと被虐的な部分があるのかな、と思う。
「それはそうだが、本当に痛くなかったか?俺もつい、お前に甘えて」
「あなたが甘えてくれるのなら、私は受け入れられます」
「ああ、すず子……抱き締めても良いか。俺は今、この感情をどうしたら良いか分からない」
「どうぞ、旦那様のお好きに」
私たちは夫婦、つがいですから。
私は国芳さんに腕を伸ばす。切ない疲労と、抱き合う心地よさは夫婦になったばかりの私たちに温かな満足感を教えてくれた。