『逆、猫吸い譚 ~雄の三毛猫、三条国芳は今日もすず子の匂いを吸う~ 』
口吸いと言うよりは濃い行為にすず子が膝と膝を擦り合わせるような仕草をした時に俺の体に足が掠めてしまった。つまり俺の欲の塊が今、どんな状態になっているかが露見してしまい、腕に立てられ続けていた爪に一層、力が入る。互いに下半身が相当な事になっているのは分かるが今はまだ明るく、陽がある。
この際、暮れてしまうまでゆっくりと感じ合っていても良いだろう、と考える。どうせこの寝殿にはもう誰も居ない。
すず子の胸元に手を差し入れればしっとりと湿っている。
その袷をそのまま開いてしまえば俺はきっと正気ではいられなくなってしまうだろう。そう思わせる程に甘く、欲を沸き立てる匂いが強まっていたが俺はすず子の寝間着を丁寧に剥ぎ始める。
すると涙が滲みだしている瞳がゆっくりと瞬き……それは猫にとっては敵意の無さを示すものだとすず子は知っているのだろうか。
俺に差し出す首筋と緩やかに上がっていく息。上下する素の胸の柔らかさを手のひらでずっと楽しんでいたい。
「すず子……」
名を呼べばちら、と俺の方を見てくれる。
すぐに逸らされてしまうが。
「お前は美しいな」
言葉にして伝える事を憚らないように、と思っていた。
すず子は人の子、猫同士の愛情表現では足りないと俺は思っていたからだ。
「言わない、で」
「何だ、不満か?お前のこの絹のような肌は」
「違う、ちがうんです……今、それを言われてしまうと」
ぎゅ、と足を閉じる仕草に察してやれない雄じゃない。
暫く、触り心地の良い太ももを捏ねるようにまさぐっていたら今にも泣きそうになっているすず子がいた。
「すまない。お前に触れているとつい、猫の性が」
安心感と言うのだろうか。
俺もいい歳をした雄なんだが……こうも目の前に柔らかい体があると手が本能的に求めてしまう。
啼かせはしたいが涙をあふれさせたい訳じゃ無い。
出来る限り丁寧に扱って、俺の指先だけで翻弄されている妻の姿をずっと眺めていたいがそれでは俺も苦しい。人の子の寿命で言えばすず子も色々と世俗の事を分かっている年齢。
元は猫である俺にも気を使い、背後から愛しても良いと教えてくれた心の余裕と言う物を見せられたのはああ、前回だったか。
体を重ねるごとに、俺とすず子の営みが深くなっていく。
胸が大きく上下し、切なそうに耐えている身から発せられるこの濃厚な――他の雄すら惑わせる甘い芳香。黒があてられたのも無理はない。玉に何十年とお預けを食らっている身には堪えるだろうよ。
俺だって今にも噛みついてしまいたい。
そしてそのまま、か細く喘ぎ啼くすず子をーー気が付いた時には脱力したすず子が蕩けた表情で俺を見つめていた。
花の蜜のような甘さを纏う身で、その先を望むいじらしい瞳。
「すず子、今日は先に謝っておく」
快楽に蕩けていた表情から不思議そうな表情に変わったすず子が小首をかしげるように俺を見上げる。
「怖かったら言ってくれ」
俺は今、自分の本能に抗えなくなりそうなのだと伝える。血気盛んな若い雄のようにがっついて、その首筋を強く噛み、酷く啼かせてしまうかもしれない、と言葉にした。