『逆、猫吸い譚 ~雄の三毛猫、三条国芳は今日もすず子の匂いを吸う~ 』
第十一話 つがいのたわむれ

 私のお披露目の為に慌ただしく、準備が進められている。
 そんな中で私も、現世から離れる支度を進めていた。

 両親にはとりあえず、良い人がいるとだけ伝え、その人住んでいる近い場所に移り住むから、と同棲とははっきりとは言わずに濁してしまったけれど私もいい歳だし、言及はされなかった。変えた仕事も、神社の事務職と偽ってしまったけれどあまりそこは間違ってはいない。

 ただ私の想う相手は、人ではない。
 そして私も、きっとこの先。

「お早うございます」
「ああ、今日はやけに早、い……」

 自分の部屋で一人寝をしていた私は朝の支度を終え、たまちゃんと一緒に国芳さんの執務室に顔を出した。昨夜「おやすみなさい」と交わした後から随分と様変わりしてしまった私の姿に普段は凛々しい目元をしている人が瞼を見開き、深緑の目を丸くさせている。丁度、居合わせた黒光さんもまるで同じ表情で固まってしまった。

「重いですね」

 扱うのに楽だったセミロングの私の髪が、お尻の下あたりまで長く伸びてしまっていた。
 朝、何だか起きにくいと思って頭をもたげたらずるりと肩に掛かった長い髪。一瞬、怪奇現象か何かだと思って悲鳴を上げそうになった私は黒光さんの言葉を思い出す。
 そして普段、一人で寝る時は枕元の手ぬぐいの上に国芳さんから贈られた首飾りを置いているのだけどそこに小さな白い菊の花が一輪だけ置いてあった事が何よりの証拠だった。

 私に小さな花を持ってくるのは一匹、と言うかお一人しかいない。

 とても尊く、大切なものなのでたまちゃんに頼んで用意して貰った盃に水を張って浮かべ、今は部屋に飾っている。

 流石に不揃いだった毛先はたまちゃんに切り揃えて貰って、そのまま後ろに流していた。
 お披露目の時には“かもじ”と言う昔の付け毛を付けましょう、と言っていたたまちゃんも「この長さなら本格的なおすべらかしになりますね」と言って、どこから引っ張り出して来たのか鮮やかな色調の絵巻物を見せて説明してくれた。

 後ろに流した地毛を背中の中間あたりでゆったりと結んで、その根元に長い付け毛を付けると毛先が床に綺麗に広がる、と言う古来の髪形に対する指南書のような絵巻物。今みたいに後ろに流したままでも正装なのだそうだけど結んでいた方が可愛い、とのたまちゃんの意見。

「神は、俺がすず子と寝ていない所を見計らって……」

 朝から恥ずかしい事を言わないでください、とも言えず。
 でも、神様は私が現世での粗方の用事を済ましてしまったのをご存じのようだった。暫くは現世に行かなくても、行ったとしても宮司さんからお借りしている神社の目の前のアパートくらいだったから。

「神は気に入った者にはとことん手を掛けるが……黒、すず子の衣装に髪を結う紐を追加だ。玉とも相談して、早めに頼む」
「畏まりました」
「あの、今日はすず子さまに小袿をはおって頂いてお化粧などをどうするか決めようとしていたのでしばらく東のお部屋にいます」

 そう、あれやこれやとやってくたびれてしまう前に国芳さんに髪を見せに来た。

 そして私は知っている。
 国芳さんの機嫌が良い時の口角はきゅ、と上がっていて耳が少し横になって、瞳も優しく細められていることを。たまちゃんと黒光さんがいる手前、言葉にはしていないけれど私の突然の長くなった髪も気に入ってくれているようだった。

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