『逆、猫吸い譚 ~雄の三毛猫、三条国芳は今日もすず子の匂いを吸う~ 』
朝を迎え、下げられた御簾越しに庭を見る。
庭の草花の上にじかに座らないように組まれた四人程が上がって座る事の出来る広い縁台がいくつも居並び、臨時の板張りの廊下のような物も庭に降りる階段の中腹からその縁台を繋ぐように伸び始めていた。
日に日に様変わりしていく庭の様子。
どんな作業をしているのか気になってしまって几帳よりも前に出てそっと眺めていると、ちょうど何か木材を運んできた人の姿の猫さんと御簾越しに目が合ってしまう。けれどどうしたら良いのか私もよく分からなかったのでとりあえずにこ、と笑いかけてしまった。
びゃ!と肩を竦めて抱えていた木材を取り落としそうになる姿。国芳さんと黒光さん、それに神社に詰めている五兄弟の子たち以外に雄の猫さんを見るのは初めてで、私もちょっと興味があった。
それが多分、悪かったのだと思う。
「これは一体……」
唖然としている黒光さんと申し訳なさそうにその後ろに控えているたまちゃん。
ふかふかの座布団に足を崩して座っている私の膝の上には大きな茶白の子、右側には白黒のはちわれ柄の子、左側には二匹のサバ白の兄弟?らしき猫さんたちがそれぞれ丸くなって“休憩”をしていた。
合計四匹の猫に囲まれている私と言葉が出ない黒光さん。
「あの、その、黒光さま……たまはちゃんとしたお披露目の日まで直接お会いするのは駄目です、って言ったんですけど」
白い耳を下げてしょぼしょぼとしているたまちゃん。
「たぶん、この前の“いい匂い”がすず子さまにまだのこって……」
「ああ……私達は毎日同じ場所にいて慣れてしまっているからな。それに神と国芳様の気も混じっているからか」
特段、猫に好かれる匂いになってしまったようだ、と黒光さんは言う。
たまちゃんの言う“いい匂い”はこの前の発情期……みたいな時の匂いの事らしい。自分では分からないから、国芳さんに教えてもらうほかない。
しかも四匹の猫さんたちはちら、と黒光さんを見上げて驚くでもなく、のそのそと起き上がってそれぞれにあくびをしたり伸びをしている。膝の上の茶白さんはそのまま私の膝の上でぐぐーっと背中を高くして――なんと言うか、すごい度胸だ。
「いくらお前たちが古参の猫だからと言っても神が認めた猫王の妻君に何たる無礼を。少しは振る舞いを改め……おい待て、全く」
黒光さんの言葉にぴょん、と茶白の子も私の膝から飛び退いて私を見上げるように振り向く。そして短く「にゃ!!」と挨拶をして器用に御簾をすり抜け、ぴんとしっぽを立てながら他の猫さんたちと一緒に庭に降りて行ってしまった。
黒光さんは渋い表情をしながら深い溜め息を吐く。
最近は本当に私の前でも遠慮なく感情を見せてくれるようになって、たまちゃんとの仲も順調そうで私も嬉しかった。
「すず子様、几帳の奥へ」
「黒光さんごめんなさい……ちょっと足が、痺れちゃって」
すぐには立てないからもう少しここにいても、とちりちり痺れる足をゆっくりと動かして座り直す。
体の大きな茶白の子が重かった。白猫の姿の時のたまちゃんは本当に軽くて、ふわふわで……雄猫さんの体はやっぱりしっかりと重く、背中を撫でた時もたまちゃんよりもうんとがっしりしていた。
「皆、すず子様の匂いに惹かれているのだと思いますがあまりに無礼な態度を取るようでしたら追い返してやって下さい。気が引けるようでしたら国芳様の部屋で過ごされても」
私の肩からずり落ち気味になっていた羽織りものを掛け直してくれるたまちゃんも「すず子さま、どうなさいますか?」と聞いてくれるので私も足の痺れが収まったら国芳さんのお部屋にお邪魔を、と二人に伝える。