『逆、猫吸い譚 ~雄の三毛猫、三条国芳は今日もすず子の匂いを吸う~ 』
第十二話 すず子の鈴がちりんと鳴って
 たまちゃんも色々と準備で忙しいみたいで最近の私は自分の部屋でぽつん、と一人で座っている事が多かった……筈なんだけど。

 今、大勢の猫さん達に囲まれている。
 どうしたら良いのか分からない私と挨拶代わりに私の手の甲に鼻先をちょん、と付けてくれる猫さんたち。とりあえずそれに応えるように背中を撫でてあげたり顎の下を掻いてあげたり、総勢十匹の大所帯に囲まれてしまった。

 お披露目の為に臨時で組まれた広い縁台に繋がる廊下ももう殆ど組み上がっている日。作業も終盤らしく現場監督の黒光さんもたまちゃんと一緒に他の準備に忙しいのかあまり訪れなくて……そうしたらこんな事態になってしまった。絶対に猫さんたちも、私も、黒光さんに怒られる。

「あら、ら」

 その時だった。
 私の胸元にぐいぐいと頭を擦り付けてよじ登ろうとした体の大きな長毛のキジトラ柄の子に驚いて少し身を引いてしまった時。
 国芳さんから贈られ、身に着けていた首飾りの小さな鈴がちりんと小さく鳴る。普段からあまり激しく動いたりしないけど何故だか不思議と着脱をしていても鳴らない鈴が今日は珍しく鳴る。

 強くすりすりと甘えてくるキジトラ柄の子に押され、袖を通さずに肩に掛けているだけの羽織りものがするりと後ろに滑り落ちる。

「んぅ……ん?」

 口もとに思いきり頬ずりをされてしまいそうになった所でキジトラの子の動きが止まると同時にふわりと長毛の体が宙に浮く。

「お前な……相手は人の子とは言え俺の嫁だぞ?」

 人の姿の国芳さんに背後から抱きかかえられ、豪華なふさふさのしっぽをお腹側に丸めてしまったキジトラさん。私のまわりにいた他の猫さんたちも今にでも飛び出して行きそうな逃げる体勢をしているけれど相手が悪かったのか、動くことも出来ずに耳を倒してしっぽを丸め、固まっている。

「お前が大の人好きで甘えたがりの性格なのは俺も知っているが」

 すとん、と板の間に下ろされたキジトラさん。

「やはり、寂しいか」

 国芳さんが掛けた言葉は意外なものだった。

「お前たちも」

 黒く開き気味の瞳孔と背を低く、耳を倒してしっぽを丸めたまま固まっている猫さんたちを見る国芳さんは「すず子、少し相手をしてやってくれないか」と言うのでとりあえず頷いてみればほら、と私から引き剥がしたキジトラの子の脇を持って私の方を向かせる。

「話は夜にでも……撫でてやるだけで良い。少し、こいつらの相手をしてやってくれ。縫い物をしながらで構わん」

 じゃあな、と仕事が忙しいのかすぐに行ってしまった国芳さん。
 多くを語らないその後ろ姿を見つめる猫さんたちと私。

「あの……許可が下りたようなのでみなさんどうぞ、私の膝でよかったら」

 ぽんぽん、と崩していた足の膝を叩くとおずおずと近寄って来る猫さんたちと本当にまた乗っても良いのかと不安そうに見上げてくるキジトラさん。
 どうぞ、と手を伸ばして抱き上げようとした私にされるがままになって膝の上にはキジトラさんの大きな体が収まる。

 みなさんも、と呼び寄せればすり、と遠慮がちに擦り寄って来て私の傍で丸くなったりし始める。指先で手の届く猫さんを掻いたり撫でたりしている内に私も軽いお茶の時間になってしまい――いつものようにたまちゃんが「すず子さまー」と部屋に入って来てしまった。

 みんながまた、緊張したのが分かった。
 そして入って来たたまちゃんも金茶の目を丸くさせて言葉が出ない。
 四匹どころの話ではない総勢十匹の猫さんたち。

「国芳さんに相手をして欲しいと頼まれてしまって」

 驚いた目から私のまわりにいる猫さんたちを見た人の姿のたまちゃんは「国芳さまがよいとおっしゃるなら」と少し不服そうに猫さんたちを見つめるけれど「たまも、すず子さまがだいすきですから」と誰に言うでもなく呟く。それを聞いていたキジトラさんはまだ遠慮がちに、けれど体の緊張が解けてきたのか私に身を委ねてくれた。

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