『逆、猫吸い譚 ~雄の三毛猫、三条国芳は今日もすず子の匂いを吸う~ 』
第十三話 国芳と黒光と雄猫たち

 夕暮れ時、仕事を切り上げた俺の目の前にあったのは二匹の猫を抱いて眠る妻の姿だった。
 大切そうに、寒くないようにと思ってなのか俺と共有している羽織の下に囲って丸くなって眠っている。

 猫たちも寝入ってしまっているのか起きている気配はない。
 大きな体の図々しい茶白、主人の天寿の全うを待つ人好きで寂しがりの長毛キジトラ。優しく穏やかな魂の気配をたたえたすず子に抱かれればそりゃあ良い昼寝になっただろうよ。
 わざと俺の匂いのついた羽織を置いて行っても構うことなく寝ている。

 すず子は俺の妻なんだがな、と少しその風景を眺めていれば小さな野鼠がととと、と梁を伝って俺の肩の上に飛び下りた。

「ねこがさんびきおるようじゃ」
「ええ、そうですね」
「くによしのなわばりにいったきり、ちゃしろときじがなかなかかえってこぬとほかのねこがもうしておったが」

 すず子への神殿土産の花を一輪手にしていた神が俺の手にそれを持たせる。

「いずもへたつとき、くるのであろう?くによし」
「お見通しですか」
「ひとのこは“しんこんりょこう”なるものをするという。そうしていせにまいるものもおおいが、いずもにゆくものたちもおおいときく」
「出雲への従者は例年通り神殿の者に、私も行きは妻とご一緒させて頂きます」
「うむ、ゆるりとまいろうぞ。あきのげんせはうつくしい。くりにぶどうに……よりどりみどり」

 小さな野鼠の姿をしている神は猫を抱いて丸くなって眠っているすず子をつぶらな瞳で見つめている。

「これではまるでははねこじゃな」
「……私も、そう思っていました」

 俺とすず子の間に子は生せないが、まるで母猫のように二匹の猫を胸に抱いて眠る姿は穏やかで、惹きつけられるように安らかな眠りを誘う。神もよく神殿で母のまだ必要だった子猫を寝かしつけているがすず子に神の気が混じっているせいかそれに近いものがある。

「びょうおうのつがいとしてのやくわりがみえてきたようだ」
「転生を待つ猫たちを神の庭に任せきりになっていましたが、妻もご覧の通り猫好き……今は披露目の為に開放していますが近々、本格的に神殿との門を造り、開放しようかと」
「うむ」

 おもしろそうだ、と言って飛び下りると駆け出す自由奔放な神。
 披露目が終わったら十月の神無月、神を出雲にお送りする道中、俺とすず子もそれに随伴しようと考えていた。人の子のように新婚旅行とはならないがすず子も気に入ってくれるだろうと――物好きな神はそれを見透かし、赦してくれた。

「ん……かみさま……くによしさん?」

 気が付いていたのか。
 まだ眠そうなすず子は俺を見上げて、胸に抱くように寝かしていた茶白の背を撫で、キジトラの尻をぽんぽんと優しく叩く。
 その手に起きた二匹もまた俺を見上げて……なんだその目は、俺はすず子の正式な番だ。お前たちに一時的に貸してはいるが、その身をやった覚えはない。

「もう遅いから、神様のお庭へ帰らないと。猫さんは夜行性……とは言ってもこちらの夜は現世と同じでもう随分涼しいですし」

 どうしましょう、と困っているような、満更でもないような妻の声。
 確かに猫を懐に入れて眠れば温かい。猫も布団の中に潜り込めて両者とも都合が良い……が、俺は良くない。全く良くない。

 すず子の布団の中に入って良いのは俺だけだ。
 いっそのこと俺も猫に戻るか?俺の中毛の癖毛をすず子は気に入っていた筈だ。

「ほらお前たちはもう帰れ。神が心配して見に来ていたぞ」

 神の庭とこちらを繋ぐにしても、こうして夜近くまで居座られたら俺は……すず子を抱けないのではないのだろうか。
 それは困る。愛し合う番の……夫婦の営みをこいつらに邪魔をされてはたまったもんじゃない。

「国芳さんに怒られる前に帰りましょうね。神様もご心配されているみたいですし」

 猫王たる俺の言う事を聞かず、すず子の言う事を聞いている。
 全くこいつらは……また明日も来るのだろうな。

「また明日ね」
「な、」

 俺と言う番が、中毛三毛の雄の俺がいると言うのに……これは、危惧すべき問題だ。

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