『逆、猫吸い譚 ~雄の三毛猫、三条国芳は今日もすず子の匂いを吸う~ 』


 自分でも分かる。
 このまたたび酒は私にも“効く”事を。
 国芳さんは飲みなれているみたいだからなんとも無さそうだけど初めて飲んだ私には刺激が強い気がしてしまう。

「俺の気や、沢山の猫たちに囲まれていたせいだろうな」

 おいで、と招いてくれる人にしなだれかかる。
 ぐ、と残りのお酒をあおった人は私を抱き込んであれよあれよと私を下に組み敷いてしまうけれど、恥ずかしい気持ちを越えて“好き”の気持ちが溢れてくる。

「お前の髪は猫の尾のようだ」

 丁寧に私の長いままの髪を横に流してくれる人の体が沈み込む。

「ん、」

 そして、またたび酒の残る唇が重なり合った。
 音も無く、静かな口づけなのに体の熱が上がって私の心もその熱でじんわりと溶かされる。

 ちゅ、ちゅ、と短く優しい口づけなのに私にはとても刺激的に感じてしまっていた。私は今、またたびに酔っているのだと言い聞かせて、国芳さんがしてくれる事に身を任せつつもすりすりと体をすり寄せるように夫の温もりを求める。
 私がこの神域の猫さんたちを撫でるのと同じように、国芳さんは口づけをしながら私の額や頭を丁寧に撫でてくれる。

「なんだか、毛繕いみたいですね」
「そうだな……そうかもしれんな」

 口づけは私の唇だけではなく、頬や額へ……温もりに溶けてゆく心と体に瞼を閉じて甘え、心地よさに浸る。なんだかこのまま寝てしまいそう、と思った頃に国芳さんが「このまま寝るか?」とぽんぽん、と頭を撫でて問いかけてくれた。

 人の世で言う所の結婚披露宴であるお披露目の日を終えた昨日。便宜上の初夜と言う物をしていない私たち。その前からも国芳さんと素肌で夜を過ごす事はあったし、夫婦……番の営みをせずに寝間着でゆっくりと一緒のお布団で眠った日もある。

 国芳さんは人とは違う。私の心の声を聞くことも出来るけれど、私が言葉にするのをこうしてゆっくりと待っていてくれる。

「っと、」

 大きな背に腕を回してぎゅう、と引き寄せる。体勢が崩れた国芳さんは私を潰してしまわないか焦ったようだけど私はこの重みが欲しかった。

「ふふっ」
「すず子?」
「……久しぶりだから、優しくしてくださいね」

 国芳さんの胸元に顔を押し付けながら恥ずかしくて照れてしまっている表情を隠そうとしたのにがばっと体を起こした国芳さんが「当たり前だろう」と真剣な眼差しで言う。

「妻が耳まで赤くするような事を俺は何度言わせてしまっているのか」
「私は、こうして伺ってくれる優しさとか思いやりが嬉しいんです。大丈夫……今日は国芳さんがしたい事をしてください」

 またたび酒の心地いい酔いの力が私を少し大胆にさせたようだった。
 彼の横にへたっている不思議な色合いをした三毛の三角の耳は今日も感情が豊かで、私の声をしっかりと聞いていてくれる。

「噛んでも良いですよ」
「傷付けないよう善処する……が、すず子。お前はどうされたい」
「私、ですか?」

 私から国芳さんに提案する事はあってもそう言えば私が国芳さんにして貰いたい事ってどんな事だろう。

「改めて考えてみると、そうですね……」

 今から肌を重ねると言うのに私と国芳さんとの不思議なやり取り。

「でも、国芳さんはたくさん愛してくれるから」

 それだけで十分です、と伝える。
 誰だってそうなのだけど、それがきっと一番幸せなことだった。

 私の着ている寝間着の着物の帯を解く手つきだけで恥ずかしながらも感じてしまう。
 私が「あなたのお嫁さんにしてください」と伝えた時から今夜まで色々とあったけれど、これは私が選んだことだった。

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