ぼくらは群青を探している
「アイツ、土日急に来るんだよ! 今日はバイトあるから昼過ぎてからにしてって言ったからいまうち行ってるかも……!」

「……メールしといたら?」

「三国! ケータイ貸して!」

「そういえば持ってなかったね」

「あ、でも飯食い終わった後でいいや」


 席を立とうとすると「飯は飯。のんびり食いたい」と桜井くんは残りを口に運ぶ。


「……雲雀くん、待ってるんじゃない?」

「アイツもうちで昼飯食おうとは思ってないって。飯食った後にメールしときゃ大丈夫」


 男子って適当だな……。でも雲雀くんならきっと、そんな桜井くんの自由な行動に口では文句を言っても、優しく振り回されてくれるだろう。


「それより三国のケータイから連絡したら何言われるか」桜井くんはお茶を飲みながらしかめっ面で「アイツ、この間の新庄のヤツ、めちゃくちゃ怒ってたから。俺が三国の家に出入りしてるとか知られたら……」


 ……怒ってた? 頭の中にあの日の雲雀くんの様子を引っ張り出す。いつもどおりの無表情で、いつもどおりの無愛想な態度だっただけだ。


「……怒ってたって、どんな風に」

「新庄の顔見たら殺しそうなくらい?」


 比喩だとは分かっていても、なぜか身震いしてしまった。でも、そうか、もともと妹を誘拐したことがある相手だ、恨みは深いに違いない。それと私の拉致がどう結びつくかはさておき。

 桜井くんは、雲雀くんを心配するように眉間に皺を寄せる。


「アイツ、キレたら手つけらんないとこあるからさあ。暴れ回ったら止められるの俺くらいじゃない」

「……そう……なの……? そうは見えないけど……」

「普段クールだから、キレるとヤバイよ。マジで次に会ったときぶち殺しそうだもんな……」


 食事を終えて箸を置きながら、桜井くんは少し迷うように視線を彷徨わせた。何かを言いたげに、口をちょっと開いて、息を吸う。


「……三国、ごめん、本当にこれ最後にするんだけど」

「……なに?」


 この文脈で、謝罪をして、しかも最後にするというワードから導かれる質問は一つだ。机の下で拳を握りしめ、平静を装う。


「……本当に、本当に新庄は三国に何もしてないんだよな? ……変に、その、触られたりとか……、してないんだよな?」


 桜井くんの目はいつになく真剣だった。でも、どうしてそんなに真剣なのか分からなかった。


「本当だよ。何もされてない」


 これで最後だ。もう桜井くんが私に確認することはない。

 桜井くんはこめかみのあたりに手のひらを当てて肘をつき、黙りこむ。その目つきにいつもの天真爛漫(てんしんらんまん)な明るさはなく、まるで……持ちうる最大限の情報を総動員して私の嘘を弾劾(だんがい)しようとしているように見えた。

 でも、そんな苛立ちに似た色はすぐに消えた。くしゃくしゃっと金髪を掻き混ぜて「……分かった!」と自分を納得させるようにハキッとした声を出す。


「そんならいいや。もう俺も聞かないし。てかこっからは(ブルー・)(フロック)にいるわけだから、新庄も簡単に手出してこないんじゃん。(ブルー・)(フロック)(ディープ・)(スカーレット)がぶつかるのはマズイってことくらい分かるだろうし」

「まずいの? だって仲が悪いってことはもともとぶつかり合ってるんでしょ?」

「そうだけど、新庄も(ディープ・)(スカーレット)の中じゃ新入りだよ」


 それこそ、手土産に桜井くんと雲雀くんを誘おうとするくらいには、か。


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