ぼくらは群青を探している
 蛍さんが眉を吊り上げれば、牧落さんは「違いますー、ただの幼馴染ですう」と蛍さんに向かってまでいつもの親しげな口調で返事をした。蛍さんが泣く子も黙る不良集団のトップだなんて知らないのか、なんなら能勢さんのことも無視して、そのまま私に向き直る。


「ね、三国さん、昴夜どこ行ったか知らない?」

「……雲雀くんとコンビニに行ってそのまま外で食べると思うけど」


 なにか用事だったの? と聞く前に、牧落さんは腰に手を当てながら「昨日晩ご飯持って行ってあげたのにいなかったから。早くケータイ買ってよって話しに来たの」と。今日は桜井くんがよく呼ばれる日、そしてなにより携帯電話を買えと急かされる日だ。

 というか、晩ご飯を持っていく仲なんだ、この二人。幼馴染だから家も近いのだろうか。


「すげーな、アイツ、彼女でもないのに幼馴染に晩飯作らせんのか」


 蛍さんの感想はおおむね私が抱いたものと同じだった。牧落さんは小首を傾げる。


「……すみません、ところでどちら様ですか? 三国さんの先輩?」

(ブルー・)(フロック)の蛍だよ」

「あ! 知ってます、蛍永人さん!」牧落さんは丸く開いた口を手で押さえて「え、ていうか昴夜も(ブルー・)(フロック)のメンバーになったんですよね? えーっといつもお世話になってます? とか言うべきですか?」

「完全に彼女ポジか。いーな、アイツ」


 そう言うわりに、蛍さんは牧落さんにあまり興味がなさそうだった。いかんせん、他の男子と違って牧落さんに視線を向けず「三国、さっき話しかけたことだけどなあ」なんて私に向かって話を続けるのだ。


「お前、バイトとかしてるか? 基本暇か?」

「……まあ、暇、ですけど」


 今度は一体何の情報だ……と警戒していると、蛍さんは「実はなあ……」と俄然真剣な顔になった。


群青(うち)のバカどもに勉強教えてやってくんねーかと思ってな」

「……はい?」


 予想の斜め上をいく返事に素っ頓狂な声が出た。でも蛍さんの顔つきはさっきまでと変わらない。


「勉強……を……?」

「まあいつものことなんだけどな、今のメンツもどうにもバカばっかなんだよ。中間の結果がひでえのなんの」

「赤点だらけでね。このままだと二年も三年も留年する危機なんだよ」


 能勢さんがにこやかに付け加える。でも能勢さんは頭がいいと荒神くんが話していたような……と考えていると「あ、俺はね、もちろん全く問題ないけどね」とのことだった。


「留年する(ダブリ)なんてだせーだろ。だから勉強しろつってんだけど、しろって言ってできるならこんな酷いことなってねーんだよな」

「……でも、その、じゃあ能勢さんが教えればいいんじゃないでしょうか……。あと雲雀くんも勉強できますし……」

「あのバカども、二十代の女教師かせめて女子にしか教わりたくねえとか抜かしやがる」


 ああ、なんて欲望に忠実なのだろう……。思わず苦笑いしてしまった。なるほど、それで私に白羽の矢が立ったと。


「だからお前が教えてやってくんねーかと思ってな。群青(うち)の紅一点だし」


 能勢さんばかり見ていた陽菜の目が、後半を聞いた瞬間に私に向いた。そういえば(ブルー・)(フロック)のメンバーになっただのなんだのの話はしていない。


「もしかして私が誘われたのって、(ブルー・)(フロック)の人達に勉強を教えるためですか?」


 それはほんの、ほんの冗談だったのだけれど、蛍さんと能勢さんは顔を見合わせた。

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