ぼくらは群青を探している
 そう結論づけて、今日のうちに整理できることをまとめた後、夕方くらいに蛍さんと中津くんは「衣装合わせだけやっときな」「三国さん、お願いしまーす!」と帰って行った。


「衣装合わせかぁー。どういう服がいい?」

「……まあ、なんでもいいけど。サイズが合えばいいし」

「それもそっか。んじゃ制服持ってくる」


 ちょっと待っててー、と桜井くんは居間を出ていき、そのまま階段を上る音が聞こえ始める。

 さっきまでとは打って変わってしんと静まり返った居間の中で、ぐるりと辺りを見回した。振り子時計の音がカチ、コチと響く居間は、襖から箪笥まで、ごく一般的にイメージされる日本家屋で、うちよりももう一世代古い。ただ、ざらりとした畳の感触はうちと同じだ。


「……桜井くんって、洗濯とかどうしてるんだろ」

「ああ見えて意外と適当にできるから、アイツ。時間があれば勉強もどうにかなるんだろうけどな」


 確かに、桜井くんの話しぶりは数学ができない人のそれではないし、さっきまでの話し合いだってあまりにも理解がスムーズだった。むしろあれで全く勉強ができないことに違和感がある。


「……桜井くんが英語だけ頑張ってるのって、お母さんがイギリス人だったから?」

「ああ、聞いてんの。多分そう。アイツははっきりとは言わないけど」

「……アメイジング・グレイスが上手かったんだよね」

「……カラオケでも行ったのか?」


 おもむろな私の情報に、当然雲雀くんは怪訝そうな顔をした。雲雀くんの表情はもう分かるようになってきた。


「この間、うちにいるって話してたことあったでしょ。あの時にピアノでアメイジング・グレイス弾いたら後ろで歌ってた」

「……ピアノ弾いてもらったってのは聞いてたけど、歌ったとは聞いてなかったな」


 立膝に肘をついた雲雀くんは、手のひらの中で静かな溜息をついた。


「……俺も聞きたい」

「桜井くんの歌?」

「…………三国のピアノだよ」


 雲雀くんの声が重苦しく、そして硬くなった。


「……別にいいけど、そんな上手くないよ」

「…………」


 雲雀くんの眉間には深い皺が刻まれた。口元が隠れたままなのでその表情を読み取るにはパーツが足りない。ただ私が返事を間違えたことはなんとなくわかった。


「……えっと」

「三国ィー、とりあえず中学のシャツ着る?」


 ドタドタと音を立てて戻ってきた桜井くんは「……なにこの空気」と不可解そうな顔をしたので、やっぱり私は返事を間違えたらしい。


「……なんでもねーよ。で、シャツは」

「あー、うん。こっち今ので、こっち中学の時の。さすがに三国と俺身長違うくね? って思って」


 桜井くんは片手にシャツとズボンを、片手にシャツを持っていて、それぞれ掲げて見せる。


「三国、ちょっと背比べしよ」

「いいけど……」

「だったら柱使えばいんじゃね」


 私と桜井くんが背中を合わせる前に、雲雀くんが我が物顔で台所側の襖を開けた。階段横の柱にはメジャーが貼り付けてある。

 じろじろと見ると、一二〇センチくらいのところに「こうや」と下手くそな字がマジックで書かれていて、その周辺に僅かな隙間を空けていくつか傷が刻まれている。視線を上げていくと、一五〇センチくらいまでその傷はなくて、一五〇センチを過ぎたあたりからまばらに傷がついていた。その傷のひとつの横には「じいちゃん」「ゆうき」もある。


「あー、そういやこんなのあったな」

「……こんなにたくさん測ってた跡があるのに」

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