ぼくらは群青を探している
 建物の内側なのか外側なのか分からない廊下、そこにはガラの悪い上級生が座り込み、湿った空気は(よど)んだ空気となって段ボールの隙間から吹き込む、そんなところで私は立ち尽くす。この先には魔王しか住んでいないのではないか。


「蛍さん、まだ帰ってないといいなー」

「ま、待って、ここ進むの?」

「進むのって、ダンジョンじゃねーんだから。ただの廊下だろ」


 桜井くんも雲雀くんもけろりとしているけれど、こんな場所、私一人で歩いていたら殺されそうだ。「ちょ、ちょっと、ちょっと……」と手近な雲雀くんのシャツの(すそ)を掴んだ。雲雀くんは冷たく胡乱な目を向ける。


「……なんで」

「いや、あの、はぐれると……怖いので……」

「だからダンジョンじゃねーんだから」


 大体、なんで蛍さんは六組なんだ。五組なら一つ手前の教室で済むのに……。

 蛍さんに会いに行くだけだし、なんならもう蛍さんと同じ群青のメンバーだし、怖いことなんて何もないはずなのに新庄の仲間に拉致されたときより緊張している。もしかして新庄の仲間が現れたときにはいわゆる正常性バイアスが働いていたのかもしれない (被害者本人だったのに)。下手に現実離れした危険を突き付けられても思考が停止して上手く処理できず、こうして変に現実味のある危険が目の前にあるほうが緊張してしまう、なんて考えられない話ではなかった。

 そうやって、まるで小さい子のように雲雀くんのシャツの裾を離せずにおどおどと歩く私の隣で、桜井くんと雲雀くんは一年生の廊下を歩くのと変わらない態度で歩く。三年生の視線が向き「桜井と雲雀じゃね」「何しに来てんだ?」「じゃあ三国ってあれ?」「みーくにちゃん、こっち向いてー」と聞かせるためのようなセリフと笑い声が聞こえてくる。でも桜井くんも雲雀くんも無視するので私も無視した。


「誰だよ可愛いって言ったヤツ」


 ガァンッ――とまるで落雷のような衝撃音が響き渡った。


「あ、ごめんね先輩」


 桜井くんの仕業だった。三年生の顔の真横にあるロッカーの鉄扉を足蹴にし――というか鉄扉にあらんかぎりの物理力を叩きつけ、顔だけはにこやかに謝罪する。


「俺、足癖悪いから」

「……なんだと?」

「もっかい言ったほうがいい? その汚いツラを俺の足で男前にしてやろうかって言ってんだよ」


 かと思いきやあまりにも滑らかに暴言を吐き、頭突きでもしそうな勢いで三年生の胸倉を掴みそして掴まれる。まるで無法地帯の挨拶に、私は雲雀くんの後ろに隠れるしかない。


「おい桜井」


 その喧嘩闘争待ったなしの状況は、鶴の一声で中止された。

 六組から顔を出した蛍さんが呆れた様子で歩み寄ってきて、それを見た瞬間に三年生が慌てて手を離す。ただ、桜井くんは蛍さんが隣に立っても手を離さないままだ。


「おいコラ。わざわざ三年のとこに来て喧嘩売るな」

「喧嘩売ってきたのコイツだもん」


 あまりにもナチュラルに三年生をコイツ呼ばわりした。


「嘘つけぇ、お前だろ、これ蹴っ飛ばしたの」蛍さんは桜井くんが(へこ)ませたロッカーを指さして「音聞こえてきたぞ、六組まで」

「でもー」

「でもじゃねえ」

「だってー」

「だってじゃねえ」


 多分自分の顔が可愛い系だと自覚したうえで、桜井くんはちょっと頬を膨らませる。


「コイツが三国見て可愛くないみたいなこと言ったからー」


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