ぼくらは群青を探している
「ラブホはそういうことをするところだし、それは俺とか昴夜が相手でも関係ない。で、この年になれば女の力なんてクソみたいに弱いんだから何されたって痛くもかゆくもない。声出して助け呼んだって気付かれやしねーし、なんなら口塞ぎながらやるくらい簡単だ」


 まるで予行演習のように、手のひらが私の口に添えられた。雲雀くんのいうとおり、その手は私の口をすっぽりと覆い隠す。その手の中で呼吸をして初めて、自分が短く速く呼吸をしていることに気が付いた。

 雲雀くんも、きっとそれに気づいたのだろう。少し変わった表情は、雲雀くんが不可解な反応をするときのそれだった。


「……一緒に来た時点で、そういうつもりがあるって思われて当然だぞ。分かってんのか」

「……桜井くんと雲雀くんは……」


 何もしないじゃないですか、と言おうとしてぐっと言葉を飲み込んだ。つまりその「何か」の可能性が一切頭に浮かばないわけではなかったのだ。でもその可能性を、ほとんど無意識に排除していた。二人には他の人にない特別な関係が付加されているから。


「……その……信頼、してるので……」

「わーい、三国に信頼されてる」


 緊張感のない声で茶々を入れながら、ぼふんと桜井くんが私の横に座り込んだ。顔を向けると、背を向けて座った桜井くんがニッと口角を吊り上げる。


「――なんてね。あんまり男を信頼しちゃだめだよ、三国」

「え……」


 桜井くんの指が、ティシャツの裾を引っ掛けるようにして掴む。その指は、キャミソールに触れるか触れないか、ほんの数ミリ離れた部分を動いた。

 ぞわりと、くすぐったいような、それでいておぞましいような感覚が這いあがってきた。


「男なんて隙あらばヤりたい生き物だし。俺達だからってあんまり信頼し過ぎないほうがいいかもよ?」


 ティシャツの中に入った指が、そっとくびれの輪郭をなぞった。ドクリと心臓が跳ねる。


「そうやって無防備に転がってると、スイッチ入りそうになるからね」


 その瞬間、バシッと桜井くんの手が雲雀くんの手に払われた。


「イッテ……なに!?」

「いや普通に触ってんな何してんだコイツと思って」

「いや侑生が三国に荒療治しようとしてるっぽいからノッただけじゃん!? つか侑生のほうが良くないじゃん押し倒してんじゃん!」

「俺は触ってないから」

「肩触ってんじゃん!!」

「だから肌に」

「俺だって肌には触ってないですう。三国はキャミソール着てますう」

「手突っ込む前から知ってたわけじゃねーだろ。着替えでも覗いたのか」

「だって制服って透けてるじゃん。三国ちゃんとキャミソール着てんだなあって見……。…………」

「語るに落ちたな」

「いや不可抗力じゃん! 仕方ないじゃん!」

「……あの」


 二人の行動の意味は理解した。桜井くんの言葉のとおり、荒療治だ。

 とはいえ、この体勢を続けていると、いくら頭では分かっていても体がついていかない。ドクリドクリと心臓はまだうるさく鳴っているし、雲雀くんに男と女という性別を強調されたせいか、私の体を支配するように上にいる雲雀くんとの距離に、怯えとは別の緊張を感じていた。


「……その……ごめんなさい、分かったので……あの、雲雀くん、退いてくれると……」

「ほーらー、だから言ってるじゃん」

「……悪いな」


 雲雀くんはほんの少しバツの悪そうな顔をして退いてくれた。おそるおそる起き上がろうとして、手が小刻みに震えていることに気が付く。

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