ぼくらは群青を探している
 怖かったことに気付かれないよう、ころりと再び横を向いた。その私の目の前に、雲雀くんは横向きに腰を下ろす。頬杖をついて私を見る雲雀くんは、もういつもの雲雀くんだ。


「……怖がらせ過ぎたかもしれねぇけどな、こういうことになるってことは分かってろ。ラブホがなんなのか分かんねーってのは仕方ねーよ、お前多分マジでこういうこと無縁だろうからな。ただホテルつーんだからベッドがあることくらい分かんだろ。ベッドがある部屋に男と行くんじゃねぇ」

「いや……あの……だからその、雲雀くんと桜井くんは信頼を……」

「うーん、あのね、三国、信頼してくれてるのは嬉しいんだけどね」


 桜井くんはその語尾のとおり困った顔をした。


「それ、多分マジで俺達だけにしたほうがいいから。普通の男はダメだよ、マジで普通に手出すよ」

「俺は俺達でも信頼すんなって言いたいけどな」

「でも三国のばーちゃんがいないときは三国の家行っちゃだめとか言われたら困るじゃん」

「そういう話はしてねぇだろ」


 はーあ、と雲雀くんは疲れたような溜息を吐き「下調べできたし、三国の社会勉強も終わったし、帰ろうぜ。気狂いそうだ、こんなとこいたら」いつもより苛立った声でぼやきながら立ち上がった。


「ほら三国、起きな」

「あ、ありがと……」


 雲雀くんはわざわざ私を転がし、仰向けにしてから腕を引っ張り上げてくれた。……もしかしたら、震えているのがバレていたのかもしれない。


「なんか金もったいない気するけどなー。仕方ないか」

「どうせ払うのは颯人だろ」

「ま、十万円より安いか」

「でも確かに、せっかくならお茶とかって……」


 電気ポットもあるし、きっと紅茶とかお茶のパックくらい置いてあるんじゃないかと棚の扉に手をかけると、ガンッと雲雀くんの足が扉を押さえた。


「……あの……?」

「いいから。早く出ろ」

「……でも……?」

「ほら出て、三国。早く出て。侑生の気が変わんないうちに」

「俺じゃねーよお前だろ」

「俺は変わんないですー」


 その下調べの翌日の放課後、蛍さんと能勢さんは「おい桜井雲雀、ホウレンソウって知ってっか」「三国ちゃんどうだったー?」と教室にやって来た。前回蛍さんがやって来たときは昼休みだったというのもあってみんな教室にいたけれど、今日はみんなコソコソと出て行った。蛍さんと能勢さんを前に駄弁(だべ)る余裕は誰にもない。


「で、三国。社会勉強はできたか」


 蛍さんは私の前にある机の上に胡坐をかいた。机は座るところではないですよと教えてあげたくなるくらい、あまりにも自然に乗っかっていた。


「あ、えーっと、はい……。私が非常識で愚かでした……」


 ぺこりと軽く頭を下げると、背後にやってきた桜井くんと雲雀くんが「もしかして俺ら責めすぎた?」「いやこんくらいの認識になるほうがいいんじゃね」と話すのが聞こえてくる。それを聞いたからか、蛍さんの隣で机に半分腰掛けた能勢さんがいつもの微笑を浮かべながら「社会勉強ねえ」と呟いた。


「ちなみにどこまで勉強したの?」

「どこ……? 内装は一通り観察して覚えてきましたが……」

「覚えてきたの?」


 というか覚えてしまったので……とは言わずに黙った。


「なになに? 具体的にどういうところ覚えた?」

「はい、能勢せんせー、侑生が止めたので三国は多分ベッドと風呂以外見てませーん」

「……そう。それは残念……」


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