ぼくらは群青を探している
 さすがにその美人局の女子の顔や名前までは分かっていない。ヒントは例の中津くんの動画だけで、いわく一瞬だけ顔が写っているのだそうだ。私は中津くんの動画を見ていないので、そこは雲雀くん頼りだ。

 桜井くんとその女子が話している様子を見ていると、私の携帯電話に着信が入る。雲雀くんの携帯電話からなので、桜井くんからだ。美人局に出会ったときは携帯電話を通じて会話内容を聞く手筈(てはず)になっていたので、慌てて耳に押し当てる。こちらの音はあまり拾われないよう、マイク部分を指で塞いだ。


「《じゃあ俺と一緒? 俺も友達と待ち合わせてたんだけどブチられちゃって》」


 桜井くんの声は聞こえるけれど、周囲の雑踏と混ざって少し聞こえにくい。眉間に皺を寄せていると――不意に頬に雲雀くんの髪が触れた。

 「えっ」驚いて携帯電話を耳から離すと、雲雀くんは「しーっ」と口の前に人差し指を立てて、携帯電話を私の耳に押し戻す。そしてそのままそっと自分の耳を携帯電話の外側から押し当てた。

 どうやら雲雀くんも会話内容を聞きたかったらしい。ああ、なんだそんなことか……と少し驚いている心臓を押さえた。急に距離が近くなるから何かと思った。


「《いいじゃん、一緒に遊びにいこー》」

「《おねーさん高校生? 俺年上は二個までだよ》」


 雲雀くんと肩同士が触れ合う。その触れ合った部分から伝わってくる熱のせいで気が散って、ケータイから聞こえてくる音声に集中できなかった。ただ……おそらく今のところ、美人局と断定できそうな発言はない。


「……三国」携帯電話から耳を離した雲雀くんが小声で「そこのドクターコーヒーの窓側に座ってる連中を見てくれ。俺らと同い(タメ)くらいの男二人」


 雲雀くんに言われたところを見ると窓側の席に向かい合って男子が二人座っていた。取り立てて派手というわけでもない茶色い髪と装飾品、それでいて地味で真面目そうとは言えない制服の着こなし。さっきのいまで形容するのも馬鹿みたいかもしれないけれど、いわゆるありふれた高校生二人だ。


「アイツら、昴夜のほう見てないか?」

「……見てる」

「多分美人局だな。アイツら、あの女子と別れてから店入ったから」


 雲雀くんの観察眼に舌を巻いた。道行く人々の中で、その三人組に目をつけていたということだ。私は何も気が付かなかったのに。


「……よく見てたね」

「あの手の連中は挙動が怪しいからすぐ分かる」雲雀くんはカメラを取り出しながら「何ってわけじゃないけど。遊んでる男女三人組じゃねーなってのは分かるもんだよ」


 そんな目で見ようとなんて思っていなかったし、そんな目で見たところで私に分かったとも思えなかった。


「《じゃー中学同じじゃん。見たことないなー》」

「《中学の時チビだったから。久しぶりに会ったらよく言われる、誰だよお前って》」


 携帯電話の向こうからは桜井くんと相手の女子との会話が絶えず聞こえてくる。意外と桜井くんは上手くやっているらしい……。


「三国、こっち立って」

「え、あ、うん」


 雲雀くんは私を自分の前に立たせると「悪いな、隠してくれ」と私の腕と体の隙間に押し込むようにして――拍子にドキリと心臓が跳ねた――カメラのレンズを桜井くん達に向けた。


「ケータイ、貸してくれ」

「あ、うん……」


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