ぼくらは群青を探している
「大学は地元(ここ)出るから、灰桜高校普通科にいたなんてどうでもいいだろ。学校が作る書類だって、進学実績のためなら悪いこと書きやしねーよ。それでもダメだったらそん時はそん時だ。少なくとも俺は特別科で息苦しい三年間はごめんだなって思った」


 ふんっと小馬鹿にしたように言い放つ雲雀くんに、目から鱗が落ちた。いや、それは過言かもしれないけれど、少なくとも大人の打算を織り込んで自分の環境を整えるなんて、雲雀くんがそんなことを考えて普通科を選んでいたなんて思いもしなかった。


「……もしかして桜井くんも同じ理由?」

「いやアイツは学力的に他が無理だっただけ」


 ……やはり安心と信頼の桜井くんだ。良くも悪くも裏切ることはない。


「まあ知ったヤツがいるほうがいいみたいなのは思ってたんだろうけどな」

「……仲良しだよねえ」

「お陰でホモだのなんだの言われて余計に喧嘩増えたけどな」


 その喧嘩を買ってしまうのは仕方がない。なんなら売る側の計画的自傷行為まである。


「……つか、俺は三国に聞きたいことあったんだけど」

「ん」

「お前、新庄になんかされただろ」


 ガシャガシャッ、と、私の手から滑り落ちたカップがテーブルに着地し、中に入っている氷がぶつかり合って大きな音を立てた。幸いにもカップは倒れなかった。

 カップについていた水滴は、パタパタパタッとまるで私の冷や汗のようにテーブルに零れ落ちる。


「……え、っと……?」


 飲み物を飲んだばかりなのに喉がカラカラに渇いていた。狼狽を誤魔化すために横髪を耳にかける動作で間を持たせようとして、その動作にこそ狼狽を裏付けられてしまうことに気付いて、髪に触れた手はそのまま何もせずに膝に戻った。

 なんで雲雀くんが知ってるんだ。桜井くんは知らないままだ。そしてきっとそれを信じたままだ。桜井くんから聞くはずがない。荒神くんから聞いた?


「その反応するってことはなんかされたな」


 ――しまったブラフだった。小さく開いた唇の隙間からそっと息を吸い込み、息を止めて、雲雀くんを見据える。雲雀くんは足を投げ出して腕を組んでいた。その表情は今まで見たことがないものだったから、その感情までは分からない。


「……なんで分かったの」

「……昨日のお前、怯え方が異常だった。怖いのは当然だとは思ったけど、ラブホまで来て建物の欠陥がどうだこうだ言ってるヤツがたったあれだけでそこまでの危機感抱くわけがない」


 テーブルの下、膝の上で、何度も手を握って、開いて、握りなおす。まるで叱られている子供になった気分だった。いや……もしかしたら叱られているのかもしれないけれど、そこは分からない。私には雲雀くんがどんな感情を抱いてそんなことを確認したのか、分からない。


「そうじゃなくても、新庄なら最後までやってておかしくない。十分もあればどうにかなるしな」


 ……それは、あまり聞きたくない話だった。あの瞬間がどれだけ危険だったか、知らないふりをして、何も考えずに二人と緩く仲良くしていたい私にとって、それは知りたくない現実だった。


「そう……」

「あと、お前の横にあった煙草はどう考えても不自然だった」


 雲雀くんの声は少し荒々しく、苛立っていた。それを加味すると、雲雀くんのいまの感情に近いのは怒りかもしれない。

 ただ、私の横にあった煙草とは……。なんのことだったか少し考え込んで、新庄が私に馬乗りになりながら床で煙草を揉み消したことを思い出した。


「あ……」

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