ぼくらは群青を探している
「あんなところに煙草捨てやしねーんだよ、ご丁寧にテーブルの上に灰皿あって、そこに吸い殻入ってたんだからな。足で潰すなら分かるけど、どう見たって手で潰した跡だった。でもって誰かが踏んだ跡もないってことは真新しい。……新庄がお前の上に乗っかって、脅し代わりに煙草押し付けたって考えるだろ、そんなの」


 あまりにも適切な指摘に何も言えなかった。……そっか、桜井くんに気付かれなかったのは、運が良かったのか。

 そっと雲雀くんの表情を観察した。雲雀くんが怒っているように見えるし、聞こえるけれど、そうだとしたら怒っている理由が分からなかったから、どう返事をするのが正解なのか分からなかった。


「……まあ新庄じゃないのかもしれねーけどな。吸い殻、二種類あったし。でもあの時にお前が何かされたのは間違いないだろ」


 ただ、ブラフにかかったのは私だ。誤魔化せはしない、諦めてもう少し息を吸った。拍子に何度か瞬きをして、目を真っ直ぐみることができないのを誤魔化した。


「……間違いない、です。で、相手は、新庄……」

「なんで言わなかった」


 唸るような声に肩が震えた。まるで牙を()いた狼に威嚇(いかく)されているみたいだった。


「……言って、どうにかなることじゃない」

「だからって隠した理由はなんだよ」


 下手にバレたら、二人がもう関わってくれなくなるんじゃないかと思って――そんな正直な気持ちは言葉にできずに口を噤んだ。それは黙っていたのを二人のせいにするようでイヤだった。


「……蛍さんを呼んだ後だったから、群青を巻き込むような大事にはしたくなかったし……それに、わざわざ言いたいことでもなかったから……」


 それも嘘ではなかった。理由の優先順位としては下だけれど、その理由があったのも本当だった。

 それが雲雀くんに何の効果があったのか、その表情の厳しさが少し緩まった。剥かれていた牙がスススと収められていくようだ。


「……聞いて悪かったな」

「……あ、いや、別に……」

「昴夜に言ったのか」

「言ってない」


 慌てて首を横に振った。さっきの理由の信憑性(しんぴょうせい)が増したのか、雲雀くんはどこか安堵に近い反応をする。


「……逆に、舜はなんで言わない? アイツ、知ってるよな?」

「あ、うん……荒神くんには言わないでって言ったから……。でも、そっか、荒神くん言わないでいてくれたんだ……」


 さすがに桜井くんと雲雀くんに詰められたら言わずにはいられないだろうと勝手に思っていたのだけれど、どうやら見た目より口が堅いらしい。荒神くんの株が少し上がった。逆に雲雀くんは苛立ちの混ざった溜息をついた。


「……なんかあったかって聞いても殴られたのは自分だけの一点張りだったし、もっと詰めればよかったな」

「……私が頼んだことなので、荒神くんのことは怒らずにいてもらえると」

「別に怒ってねーよ!」


 怒ってるじゃん……。そんなに眉間に皺を寄せて、道行く人々が少し振り返るほど声を荒げて、怒っていないというほうが無理がある。

 雲雀くんもその自覚はあるのだろう、ついた頬杖でそのまま口元を隠してそっぽを向いた。


「……俺が言いたかったのは変に隠し事すんじゃねーよって話だよ。言いたくないことはいいけど背負(せお)いこむな」

「……すいません」

「……だから怒ってるんじゃねーけど」


 雲雀くんは指の関節でこめかみをほぐす。本当に怒ってるようにしか見えないけどな……。


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