ぼくらは群青を探している
まるで恐喝のごとく、雲雀くんは三人から学生証を取り上げる。さっきまで緊張感のなかった女子も急に顔を強張らせた。
雲雀くんと桜井くんは学生証を見ながら「どこ、これ」「黒檀高校だな」「ああ、なるほどね」なんて話している。
「で、林」
生徒証で名前を確認した結果、雲雀くんは最初に肩を足で押さえた相手の名前を呼んだ。私も横から名前と顔を確認した――二年三組十二番林雄也、二年一組一番仁川拓それから二年一組十五番川瀬真未。……桜井くんと雲雀くん、二年生相手に敬語を遣わせてたのか。
「お前が考えたことか? これ」
「い、いや、違うくて……」
「……仁川、お前こっち」
怯える林くんの隣にいる仁川くんに向かって、桜井くんが親指で合図した。同じく怯えている仁川くんがおそるおそる立ち上がるやいなや、桜井くんはその胸座を掴んで引きずるようにして私達の視界から消えた。
次に聞こえてきたのは、言語化できない打撃音だった。
「仁川は昴夜が吐かせてんだろ。分かったら俺に何回も言わせてんじゃねーよ」
すっかり縮み上がった林くんはゴッと肩を蹴られ、そのままアスファルトの上に転んだ。傍にいる私のほうがヒッと思わず息を呑んだ。
「いま俺達に殴られるのと、後からその入れ知恵したヤツに殴られるのとどっちがいい」
「……今津です」
結果、林くんはすぐに白状した。
「同じ二年三組の今津に教えてもらいました……小遣い稼ぎにいいって」
「白雪にいる今津か?」
「その今津です。今津に勧められました」
林くんと川瀬さんは事の顛末というか、その今津に授けられたという知恵について具に語った。雲雀くんはたまに相槌を打ちつつ情報を引き出し、聞き終えた頃に桜井くんが仁川を引きずって帰ってきた。仁川は暗がりで見ても分かるくらい顔面蒼白で、見ているこっちが顔を青くしてしまいそうだった。
「終わった?」
「終わった。もう用はねーから帰りな」
三人は転がるようにして逃げて行き、路地には私達だけが残される。
「……あの、桜井くん……」
「ん?」
「……さっきの仁川……くん? に何したの……」
「いやなんもしてないよ」
おそるおそる見上げた桜井くんはいつもどおりで、本当に〝なんもしてない〟かのような顔をしている。でもだったら仁川があんなに血の気の引いた顔をしているはずがない。
「二人いるときはまとめて聞かないで一人ずつやるってのが情報吐かせるときのセオリーだぞ、三国」隣の雲雀くんはこなれた口調で「仲間が近くにいると心強くなるだろ。一人を責めるほうが楽なんだよ」
「あとは見えないところで殴られてんじゃないかって思わせるとか。引き離して『アイツは吐いたぞ』って言うのもいいんだけどね」
「……つまり桜井くんは何もしてはいないってこと?」
「まあ大きい音出してみたりはしたけど。顔の真横蹴ったらビビッちゃったんだよね」
……びびっちゃったんだよねじゃないんだよ。顔面の真横を蹴られるなんて怖いに決まってる。私だったら恐怖のあまり気絶している。なんなら今だって自分のことでもないのに手が震えそうだ。
あの二人は特別だ――蛍さんが話していたときのことを思い出した。そのとおりだ。この二人と私じゃ、潜ってきた修羅場が違う。
「偽物掴まされたんだ、転んでタダで起きるわけにはいかねーだろ。貰える情報は貰わねーとな」
「これ明日やってもダメかもなあ。アイツら、俺らに捕まったって言っちゃいそうじゃん」
「やる意味がないとまでは言えねーけど、まあ可能性は低いよな」
「中津の交渉の前日だしなあ。俺ン家で作戦会議でもする? どーする、三国」
振り向いた二人は、こうして見ているとどこにでもいるありふれた高校生なのに、ついさっきまでの所業を見ているとそうは思えなかった。
「……作戦会議にしよう」
「おっけい。あーあ、もう疲れちゃったよ、ねー侑生、カフェラテおごって」
「さっき飲んだ」
「さっき飲んだってなに! 俺が頑張ってる間飲んでたの!?」
「俺だけじゃなくて三国もだから」
「デートじゃん! 俺が働いてる裏でそういうことすんなよ!」
でもそうして話していると、やっぱりありふれた高校生にしか見えず……。
やっぱり群青に片足を突っ込んだのは間違いだったのでは……。そんな後悔に襲われながら、二人の後を追いかけた。
雲雀くんと桜井くんは学生証を見ながら「どこ、これ」「黒檀高校だな」「ああ、なるほどね」なんて話している。
「で、林」
生徒証で名前を確認した結果、雲雀くんは最初に肩を足で押さえた相手の名前を呼んだ。私も横から名前と顔を確認した――二年三組十二番林雄也、二年一組一番仁川拓それから二年一組十五番川瀬真未。……桜井くんと雲雀くん、二年生相手に敬語を遣わせてたのか。
「お前が考えたことか? これ」
「い、いや、違うくて……」
「……仁川、お前こっち」
怯える林くんの隣にいる仁川くんに向かって、桜井くんが親指で合図した。同じく怯えている仁川くんがおそるおそる立ち上がるやいなや、桜井くんはその胸座を掴んで引きずるようにして私達の視界から消えた。
次に聞こえてきたのは、言語化できない打撃音だった。
「仁川は昴夜が吐かせてんだろ。分かったら俺に何回も言わせてんじゃねーよ」
すっかり縮み上がった林くんはゴッと肩を蹴られ、そのままアスファルトの上に転んだ。傍にいる私のほうがヒッと思わず息を呑んだ。
「いま俺達に殴られるのと、後からその入れ知恵したヤツに殴られるのとどっちがいい」
「……今津です」
結果、林くんはすぐに白状した。
「同じ二年三組の今津に教えてもらいました……小遣い稼ぎにいいって」
「白雪にいる今津か?」
「その今津です。今津に勧められました」
林くんと川瀬さんは事の顛末というか、その今津に授けられたという知恵について具に語った。雲雀くんはたまに相槌を打ちつつ情報を引き出し、聞き終えた頃に桜井くんが仁川を引きずって帰ってきた。仁川は暗がりで見ても分かるくらい顔面蒼白で、見ているこっちが顔を青くしてしまいそうだった。
「終わった?」
「終わった。もう用はねーから帰りな」
三人は転がるようにして逃げて行き、路地には私達だけが残される。
「……あの、桜井くん……」
「ん?」
「……さっきの仁川……くん? に何したの……」
「いやなんもしてないよ」
おそるおそる見上げた桜井くんはいつもどおりで、本当に〝なんもしてない〟かのような顔をしている。でもだったら仁川があんなに血の気の引いた顔をしているはずがない。
「二人いるときはまとめて聞かないで一人ずつやるってのが情報吐かせるときのセオリーだぞ、三国」隣の雲雀くんはこなれた口調で「仲間が近くにいると心強くなるだろ。一人を責めるほうが楽なんだよ」
「あとは見えないところで殴られてんじゃないかって思わせるとか。引き離して『アイツは吐いたぞ』って言うのもいいんだけどね」
「……つまり桜井くんは何もしてはいないってこと?」
「まあ大きい音出してみたりはしたけど。顔の真横蹴ったらビビッちゃったんだよね」
……びびっちゃったんだよねじゃないんだよ。顔面の真横を蹴られるなんて怖いに決まってる。私だったら恐怖のあまり気絶している。なんなら今だって自分のことでもないのに手が震えそうだ。
あの二人は特別だ――蛍さんが話していたときのことを思い出した。そのとおりだ。この二人と私じゃ、潜ってきた修羅場が違う。
「偽物掴まされたんだ、転んでタダで起きるわけにはいかねーだろ。貰える情報は貰わねーとな」
「これ明日やってもダメかもなあ。アイツら、俺らに捕まったって言っちゃいそうじゃん」
「やる意味がないとまでは言えねーけど、まあ可能性は低いよな」
「中津の交渉の前日だしなあ。俺ン家で作戦会議でもする? どーする、三国」
振り向いた二人は、こうして見ているとどこにでもいるありふれた高校生なのに、ついさっきまでの所業を見ているとそうは思えなかった。
「……作戦会議にしよう」
「おっけい。あーあ、もう疲れちゃったよ、ねー侑生、カフェラテおごって」
「さっき飲んだ」
「さっき飲んだってなに! 俺が頑張ってる間飲んでたの!?」
「俺だけじゃなくて三国もだから」
「デートじゃん! 俺が働いてる裏でそういうことすんなよ!」
でもそうして話していると、やっぱりありふれた高校生にしか見えず……。
やっぱり群青に片足を突っ込んだのは間違いだったのでは……。そんな後悔に襲われながら、二人の後を追いかけた。