ぼくらは群青を探している
 唇を開くと、怖くて戦慄(わなな)きそうになったから慌てて一度閉じた。口内の空気を全て(しぼ)り出すように強く唇を引き結び、開くときにそっと息を吸った。……落ち着け。


「……払う必要がないので持ってません」


 ガンッと蹴られたテーブルが大きな音を立て――ガッと雲雀くんの足により止められた。相反する方向から力を加えられたテーブル上ではペットボトルが揺れ、そのままゴロンッと床に落ちる。

 隣に雲雀くんが座っていなかったら、蹴られたテーブルが私の膝下を直撃していただろう。雲雀くんの反射神経に感謝したけれど、それはそれとしてなんて足癖の悪い女の子なんだ。ロングスカートでなければスカートの中が見えていた。

 今津はそんな雲雀くんのことをじろりと睨んだ後、私を睨みなおした。きっと私のほうが気弱そうだとか言いくるめやすそうだと思っているのだろう。大正解だ。


「払う必要がないだァ? お前、同じ女のくせによくそんなこと言えんな」


 今津は隣の女の子を指さした。美人局の実行犯だ。


「男に無理矢理連れていかれて怖がってんだよ。お前らのとこの中津のせいで怖くて男と喋れないって言ってんだぜ。どうしてくれんだ」

「……あなたとは喋れるんですか?」

「信頼してる男友達以外無理なんだけど」


 その女子が反論するように口を開いた。顔つきのとおり、声も勝気だった。


「無理矢理なの、嘘とか思ってんだよね? 被害者に向かってよくそんなこと言えるよね」


 雲雀くんの膝の上にあった手にミシリとでも聞こえてきそうなほど力が(こも)るのを視界の隅で捉えてしまった。落ち着いてというつもりで机の下で雲雀くんの足に自分の足を軽くぶつけた。


「……私、現場にいたわけでもないんで、最初から話を聞きたいんですけど」

「は? なんでアンタにそんなことしなきゃいけないわけ?」

「必要ないお金を払う意味が分からないので」

「別にいーよ、お金払ってくれないなら警察行くし」

「なんで十万円なんですか?」


 能勢さんからはこうも言われた「まともにやり合うな」と。

『あのね、バカな相手と話が噛み合うと思わないほうがいいから。多分三国ちゃんと話が合う相手じゃない。相手の会話に乗ると空中戦になる。少々無視してリードするくらいがいいよ』

『そもそも話し合いに乗るかって問題があると思うんですが……』

『美人局なんてセコイこと考えるヤツらなんだから、きっと自分達はちょっと頭の出来がまともだって勘違いしてるよ。そういうヤツは知的に話し合いをしたがるから大丈夫』

「なんでってなんで?」


 ああ、本当だ、能勢さんの言うとおり乗ってきた。シナリオ通りに進むお陰で、少しだけ緊張が(やわ)らいだ。


「だって、無理矢理触られたんですよね? たった十万円でいいんですか?」


 今津と美人局さんは、私の話の趣旨を(はか)りかねて眉を顰める。


「だって、本当に警察に行かれたら、三十万とか五十万とか払えって言われても払うしかないと思います。それなのに警察に行かない代わりに十万円で許してくれるって、かなり優しいなと思って」


 キュと、緊張で喉が締まった。今津と美人局さんがお金の匂いに目を光らせた、気がした。はっきりとは分からないけれど、少なくとも注意深く見ていると頬が緩んだのは確かだった。


「ま、ラブホ連れ込んだだけだから我慢してやろうかと思ったんだけど。ごねるなら五十万払ってもらおうか」


 乗った。ひとつ目的を達成する。


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