ぼくらは群青を探している
 おそるおそる手を伸ばして雲雀くんの頬の内側から外側へコットンを動かし、化粧を落とす。間近で見ていると、化粧を落とせば落とすほど肌が透明度を取り戻す気さえして、あまりのきれいさにドキドキと好奇心にも似た緊張が走った。

 鼻が高い。まつ毛が長い。それこそ爪楊枝が乗るほどという比喩がぴったりくる。唇は、グロスが塗ってあることを差し引いても、肌との境界線がはっきりとして整っている。というか髭がない……この年だとまだ生えないのだろうか。顔が整っている人を間近で見たことなんてなかったけれど、本当にひとつひとつのパーツが綺麗だ。

 ……この顔を間近で見た後に自分の顔は見たくないな。そんなことを思いながらグロスを拭き取ろうとして――さすがに手が止まった。


「……雲雀くん」

「なに、終わった?」


 長いまつ毛が目蓋と共に持ち上がる。涙袋だって、化粧をするまでもなくくっきりとしている。

 牧落さんがこの顔に化粧を施すとき、頻りに「えーもうヤバイ、めっちゃ綺麗」とぼやいていたことを思い出した。私にはよく分からないけれど、雲雀くんの顔には女子が羨ましがって仕方がないパーツがそろい踏みなのだろう。


「……終わった。唇だけ、これ」

「…………」


 雲雀くんはやっぱり乱暴にグロスを拭った。そのコットンを握り締めたままダンダンと足を踏み鳴らして部室棟の外階段を降り、待っていた中津くんの胸座をひっつかんだ。


「ヒッ」

「おい中津」


 背後からドロドロとした魔の手でも出てきそうなほど、冷ややかかつ荒々しい声だった。


「お前こんなクソみたいにくだらねぇヤツらに二度と捕まるんじゃねーぞ。つか俺に迷惑かけたらまずテメェから潰してやる」

「はい! 本ッ当に反省してます! すみませんでした!」

「あと今日のことバラしたら殺す。つか美人局の件は丸ごと全部黙って三国に解決してもらったことにしろ。俺が何かしたって言うんじゃねえ」

「はい!!」

「女装くらいいいじゃん、そんなイライラしなくても」

「桜井くん、いまそういうこと言っちゃだめ」

「まあまあ雲雀くん、そんなにカッカしないの」


 ぽんぽん、と能勢さんが雲雀くんの肩を背後から叩いた。


「大丈夫、雲雀くんの女装なら全然抱けたよ」


 泥をまとった雲雀くんのスニーカーが空中を横切るけれど、能勢さんは悠々と腕で防いだ。なんなら「止めてもぐらつかないなんてすごいねえ」ともう一方の手で雲雀くんの足を降ろさせるくらいには余裕がある。雲雀くんの機嫌は当然更に悪くなった。


「おいこんなとこで喧嘩すんな。さっさと帰るぞ」

「はいはい、すみません」

「で、聞いてなかったけど、結局颯人の十万はちゃんとポシャったんだよな?」

「あ、はい、それはもちろん」


 歩き出した蛍さんに続きながらこくりと頷くと、隣の桜井くんが「マジで昨日話してたことやったの?」と私を覗き込んだ。


「……うん」

「昨日話してたことって? つか一昨日は美人局に会えなかったんだろ」

「あー、えっと、一昨日は白雪の美人局には会えなかったんですが、桜井くんが、代わりに白雪に勧められて美人局を始めた別の黒檀高生を捕まえまして」


 桜井くんと雲雀くんが、一昨日の美人局三人組に吐かせた情報は意外と有用だった。昨晩の作戦会議中、例によって桜井くんの家で、私達は情報を共有した。



『白雪の幹部に今津ってヤツがいるって蛍さんが教えてくれたろ。ソイツが入れ知恵したんだってさ』

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