ぼくらは群青を探している
 でも今になって考えれば、わざわざ特定の男子をどう思っているのか聞くなんて、好意があるのかどうなのかを確かめたかったに違いないし、そんなことを根回しもなくするとは考えられないし、というか平野くんが豹変 (とまでは言わないけどそれに近い変化を)したことから事後的に考えればきっと平野くんの根回しがあったのだろうし、小学四年生なんてまだまだ子供の時分に、好きな女の子から「興味がない」と言われるのを聞くのは、もしかしたら傷付くことだったのかもしれない。そう考えると、あの時の先生の表情は「唖然」とか「愕然」に近かったのかもしれない。

 取り沙汰されたのは、それだ。

 その次は中学一年生。

 職員室から出てきたのが遠くから見えていた。その子はこちらに来る途中で蹴躓(けつまず)き、両手に抱えていたノートを廊下にばら()いた。

 私の目の前で転ぶものだから、さすがに見て見ぬ振りをすることができずに、近寄ってノートを集めた。相手の子は丸い大きな眼鏡の奥で細い目を大きく開いた。知らない子だった。ただノートにはどれも「一年三組」と書かれていたので隣のクラスの子だと分かった。

 ひとクラス分の半分くらいのノートを集めて「はい」と渡したけれどその子は無言だった。

 また何か変なことをしたかもしれない。知らない人が急にノートを集めるのを助けるなんて普通はしないのかな。

 そんなことを考えながら自分の教室に戻ろうとして、廊下に立っていたクラスメートが二人、私に笑みを向けていることに気付いた。

 笑みを向けられる心当たりがなかった。首を傾げていると「三国さん、豊池(とよいけ)と知り合い?」と片方の子に言われた。さっき拾い集めたノートの中には「豊池(とよいけ)咲良(さくら)」という名前があったから、きっとさっきの子は豊池咲良というのだろう。


「知らない」

「普通に仲良くするのヤバくない?」


 もう一人の子が私に笑みを向ける。その笑みの意味が分からなかった。


「アイツ普通にキモいじゃん」

「顔のブツブツ伝染(うつ)りそうだし」

「伝染るの?」

「いやだからさあ……」


 さっき見た豊池咲良さんの顔を思い出す。赤みのある頬には言われてみればいくつかニキビができていた。ニキビが伝染るなんて聞いたことがない。


「普通にアイツキモいじゃんって話。仲良くしてると普通に三国さんもキモいってなるよ」

「……ふうん?」


 彼女達が繰り返し口にする〝普通〟の意味がよく分からず、首を傾げたまま教室に入った。


「三国さんってやっぱ頭良いけど変だよね」

「空気読めないしね」


 後になって知ったのだけれど、豊池咲良さんはいじめられていて、私がノートを拾った日の少し後から不登校になったらしい。隣のクラスの男子が先生達に怒られていたと聞いた。

 いじめられている子には、普通は手を差し伸べないのだ。普通は。だからあの子達は私を変わってると言ったのだ。後日、そう悟った。



 昨日にひとつ、今日もひとつ、そしてきっと明日もまたひとつ。私は人生の選択を間違え続けている。
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