ぼくらは群青を探している
(2)特別
「みーくにちゃん」
能勢さんが現れ、教室内は一瞬で色めき立った。能勢さんが来ると「これが空気が変わるというヤツか」なんて私にさえ思えるのだから、能勢さんの人気はすごい。なんならこれを聞きつけた明日の陽菜は「なんで昨日に限って早く部活行っちゃったんだろー!」と地団駄を踏むだろう。容易にその表情とセリフを想像できた。
「……こんにちは」
そんな能勢さんの登場に反応するのはなにも女子だけではなく「あれ、能勢さんだ」「……お疲れ様です」と私の隣で桜井くんと雲雀くんが挨拶する。
六月に入って暫く、先月とは席が替わり、現に私達の位置は教室の隅にシフトしているにも関わらず、桜井くんと雲雀くんは私の隣に座っている。能勢さんは「君ら席替えしたのにまた三国ちゃんの近くなの? 今度は桜井くんも揃って」と首を傾げた。
「なんかねー、俺らが三国――英凜に懐いてるからつって俺らは英凜の横固定になった」
桜井くんは名前呼びを懸命に定着させようとしている。別に無理して呼ばなくてもいいのにとは何度か言っているけれど、桜井くんは「心の距離を感じる!」のだそうだ。ちなみに桜井くんのことも名前で呼んで欲しい (そうでないとやはり「心の距離を感じる!」らしい)と言われているけれど、慣れないのでそのままだ。
それはさておき、ケロッとした桜井くんの説明に、能勢さんは「え? そんなのあり?」と笑っている。桜井くんと雲雀くんは全体的になんでもありだ。
「……ところで、能勢さん、何かご用でしょうか」
「ご用って。ほら、少し前に永人さんが言ってたでしょ、勉強会だよ、勉強会」
ああ、そういえばそんな話もあったな……。私を群青に入れた理由の半分だって言ってたっけ。
「えっと……いいんですけど、その、相手は群青の二、三年生の先輩方ですよね? 私が勉強の面倒を見ることができるとは思えないんですが……」
「大丈夫大丈夫。英語なんて中学のときまでので大体分かるし、数学だって教科書読めば分かるでしょ? てか一年の内容から分かってないから大丈夫」
それは……大丈夫じゃないのではないだろうか?
「いま永人さんが三年六組にメンツ集めてるから」
「……これからですか?」
「あれ、用事? バイトとかないって聞いてるんだけど」
「……いえ、まあ、何も用事はないんですが……」
急に現れて先輩に勉強を教えてくれなんて突飛なことを言われて戸惑わない人がいるはずがない。ただそれだけのことだったのだけれど、能勢さんの隣の桜井くんがピンときたように眉を跳ね上げる。
「待てよ。英凜がそれ行ったら俺はいつ勉強を教えてもらえば……?」
「お前期末まで世話になるつもりかよ……」
「だって英凜の教え方が一番分かるもん」
「ああ、いくら言っても理解しねーから教え方を変えて教科書でぶん殴れば頭に入ったのかもしれねーな。今から試してやろうか?」
「そういうことするから侑生に教えられても頭に入んねーんだ」
「あっかんべー」と桜井くんがわざとらしく舌を出せば「イテッ」雲雀くんは本当に丸めた教科書で桜井くんの頭を横から叩いた。
「ああ、そういえば桜井くんは三国ちゃんに教わってるんだっけ」
話が長くなりそうだと判断したのか、能勢さんは私の目の前の椅子に反対向きに座り込んだ。
「雲雀くんは――インテリって有名だもんね。桜井くんは真逆? おバカ?」
「バカですね」
「なんだよその言い方! 違うんですよ能勢さん、俺もやればできる子で」
「でもできないんだよね。別に三国ちゃんも先輩連中につききりってわけじゃないし、一緒に来て一緒に教えてもらったら?」
能勢さんの笑顔と声音に騙されそうになるけれど、桜井くんの言い訳は能勢さんにバッサリと綺麗に切り落とされた。桜井くんは頬を膨らませる。
「能勢さんいじわるー、きらい。でも英凜についてくのはそれはそう、行く」