ぼくらは群青を探している
「ま、〝死二神〟なんて所詮、中坊(ちゅうぼう)のガキにつけられたダッセェ名前だ。お前らに本当に実力があんのか、俺らは知らねぇけどなぁ」


 怪物のセリフは、だから確かめに来たんだとでも聞こえてきそうだった。それでも、桜井くんと雲雀くんは顔色ひとつ変えない。代わりに動きもしなかった。

 それを(おび)えていると勘違いしたのか「雲雀、お前、近くで見ると細っこいなあ」手下その2はドン、と馬鹿にしたように雲雀くんの肩を叩いて下卑(げび)た笑みを浮かべながら「女みたいな顔してるしよぉ、脱がせて確かめてやろうか?」


 次の瞬間、手下その2の顔面には雲雀くんの手の甲が叩きつけられた。


「ンガッ……」


 バンだかパンだか、言語化はできないけどとにかく鋭くも鈍い音だった。手下の(うめ)き声も上手く言語化できなかった。まさしく言葉にならない呻き声だった。

 いつの間にか、桜井くんも雲雀くんも立ち上がっていた。雲雀くんはクールダウンでもするかのように、手下その2を殴った手を広げたり握ったりしてみせた。手下その1が身構える。


「先輩よぉ、挨拶ってのは、用事があるほうがするもんなんだぜ?」


 その構えも虚しく、手下その1の頭は雲雀くんの足に蹴っ飛ばされた。

 ズダンだかガタンだか、大きな音を立ててその一人は転がった。転がる際に体当たりされた不幸な机とその主は「ヒッ」と短い悲鳴を上げながら教室の隅まで避難した。彼を皮切りに、雲雀くんの席周辺の人はみんな一斉に教室の端に避難した。

 私は、恐怖で足がすくんで動けなかった。

 手下その1は瀕死(ひんし)、その2は鼻血を出してへたり込んでいる。無傷なのは怪物だけだ。その怪物は余裕そうに、そして挑発するように下手な口笛を吹く。


「へえ、まあ、顔のわりにデキんじゃねーの。いいぜ、俺に勝てば――」


 その怪物は、舌の根も乾かぬうちに桜井くんの蹴りを顎に食らった。

 ズン、と怪物は床に沈んだ。意識はあるみたいだったけれど、体は動いてないし、口からは血も出てるし、まるで死体のようだった。それを見ていた手下その2は「ヤベェ、ヤベェよ、マジのやつだ!」と血まみれの鼻を押さえながら脱兎のごとく逃げ出した。

 桜井くんと雲雀くんはといえば、一瞬で沈んだ三年生を眼下(がんか)に見下ろして「やっぱ、よく喋るヤツって弱いよなあ。少年漫画でもお約束だもんなあ」なんて呟いた。


「つか、結局コイツら何しに来たの?」

「お前が裏門で相手した連中が群青(ブルー・フロック)のメンバーだったんだろ。何人やったか知らねーけど、メンツが潰れたってことなんじゃねーの」


 雲雀くんは三年生を足蹴にして退かせ、自分の机と椅子を正した。桜井くんは自分の席へ向かい、大人しく座り込んだ。


「あ、先生、もう終わったから。ホームルーム、始めていいよー」


 そしていつの間にか教室の入口にやって来て呆然と立ち尽くしていた担任の先生に、まるで一仕事終えた後であるかのように平然と声を掛けた。教室には依然として三年生が二人のびているにも関わらず、だ。

 桜井くんと雲雀くんが通った後は死屍累々どころかぺんぺん草も生えないほどの焼け野原になる、そんなことからついたあだ名が〝死二神(しにがみ)〟――その噂が誇張でもなんでもないことを目の当たりにし、私は幸先の悪さに震えた。

 この教室はいつか焦土と化すのではないか、と。
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