ぼくらは群青を探している
「……別に桜井くんは今日じゃなくても。土日うち来る?」

「え、いいの」


 きっと犬ならその尻尾をぱたぱたと振っている。そのくらい分かりやすく桜井くんは破顔した。隣の雲雀くんはじろりとでも聞こえてきそうな視線の動かし方をする。


「……お前三国に甘えすぎじゃね」

「でも英凜がいいって言ってるもん」

「それにまんま乗っかるのが甘えだつってんだろ」

「てか侑生も英凜ン家来ればいいじゃん。英凜のばあちゃん、なんか俺と侑生のことセットだと思ってるみたいだし」

「それはそうかも。私が二人の話するときはセットだから」

「……俺達の何の話してんの?」

「……美人局の話とかはしてないよ?」


 そんなことをしているとおばあちゃんにバレたら心臓発作でも起こされそうだ。金髪の桜井くんを許容している理由だって、もしかしたら「ハーフだから地毛」と考えているからかもしれない。おばあちゃんはお年寄りにありがちに話の聞き方が中途半端なので「金髪は染めてる」の部分を聞いていない可能性がある。

 そう考えると銀髪の雲雀くんがやってくるのは大丈夫なのか……。……でも白髪と間違えられるかもしれない。そこまでぶっ飛べば雲雀くんも苛立ち通り越して呆れて何も言わないかも……。

 ただ、私の返答で雲雀くんは女装のことを想起してしまったのだろう。その手の中にあるままの教科書がメキリと有り得ない音を立てて潰れた。


「……それはばあちゃんだとか関係なく誰にもすんな」

「あ、うん、それはもちろん……」

「別にそんなに気にしなくていいんじゃない、雲雀くん。似合ってたし」


 ギラッと雲雀くんの目が殺意に光った。でも能勢さんは笑みを崩さない。


「それより、俺達がみんな黙ってるせいでなんか三国ちゃんが伝説になってるよ」

「……私が伝説?」

「群青のメンツが知ってたのは、颯人くんが美人局に遭ったってことだったんだよね。まあ正確には美人局ってことすら知らなくて、なんか白雪に強請(ゆす)られてるって程度の連中がほとんどだっただろうけど。で、白雪は交渉に女を要求してた――ってことまではみんな知ってて。でも雲雀くんが女装のことは黙っててほしいとかなんとか言うから、例の新入りの三国ちゃんが行かされて『年少(ネンショー)に行きたくなかったら大人しく手を引け』って脅し返したってことだけ広まってる」

「それ言ったの私じゃないですよ!」

「すげえ、英凜かっこいい」


 私は愕然としているのに桜井くんはゲラゲラ笑っているし、そのセリフを口にした当の本人――雲雀くんも知らん顔で頬杖をついている。


「……まあ俺は俺の話が広まってなければどうでもいいです」

「よくない! 私のイメージが悪い!」

「なんで? むしろ三国ちゃんのイメージはすごくいいよ?」

「いまの話でどこがですか!?」

「さすが永人さんの愛人なだけあって骨があるなあって」

「私がいつ蛍さんの愛人になったんですか!?」


 私の知らないところで全く身に覚えのない情報だけが流布(るふ)されている。ただ、今度は桜井くんもお腹を抱えて笑うことはしなかった。それどころか真顔になり、どこか真剣そうに顎に手を当ててみせる。


「英凜が永人さんの愛人……。由々しき噂だ」

「それはなんかちょっと使い方が違う……」

「英凜は英凜じゃん、こう、俺達の英凜じゃん」

「いや三国は俺のものでもなければお前のものでもないだろ」


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