ぼくらは群青を探している


 教室に入ると、蛍さんは教卓の上に胡座をかき、片手にハリセンを持っていた。着ているシャツは半袖で、それなのに肩に学ランを引っ掛けているので、衣替えをしているのかしていないのかよく分からない状態になってしまっている。でも確かに、冷房がかかった教室内は半袖だとちょっと寒いのでちょうどいいのかもしれない。

 ちなみに教室内は私達が入ってもガヤガヤしっぱなしだ。ただ、誰かが入ってきたという事実で何人かの視線は向く。


「永人さんこんちはー」

「ども」

「……こんにちは」

「なんだ、別に三国だけでよかったのになんかぞろぞろ来たな」

「酷いなー、永人さん。俺も期末ヤバいんだよ!」

「なんの自慢だ。おい三国、ここ立ちな」


 蛍さんはパンパンと教卓を叩くけれど……、この二十人近い群青のメンバーの前に立てと……? ぶるぶると首を横に振りたい気持ちでいっぱいになり、でもそんなことはできずに固まった。


「みくにちゃーん、今日勉強教えてくれるんでしょー?」


 声に顔を向けると、教室の真ん中に座って机の上に足を投げ出している人が歯を見せて笑っていた。ガヤガヤと喋っていた先輩達のうち、その人の周りの三人は会話をやめてこちらを見ていた。


「三国ちゃんのパンツの色から知りたいなー」


 …………。

 帰っていいですかと口にする前に蛍さんがストンと教卓から降りた。つかつかとその人に歩み寄り――パンッとハリセンでそのアッシュの頭を引っ叩く。


「おいコラ」

「やだなあ、ほんの挨拶だって」

「俺はんな挨拶仕込んだ覚えはねーぞ」

「てか当てていい? 水色」


 答えるつもりなんてなかったのだけれど、言われるとつい思い出そうとしてしまう。昨晩お風呂に入る前に洋服箪笥から取り出した下着の色は……黄色だった。


「……違いますけど」

「三国、答えなくていい」

「え、なんで!」


 蛍さんは眉間に皺を寄せて難しい顔をするし、アッシュの髪の先輩は正答でないことに本気でショックを受けた顔をしているし、一体何がなんだか。


「もしかして三国ちゃん、下着の色上下揃えてない!?」

「揃えてますけど……」

「だから答えなくていいつってんだろ三国!」

「じゃその肩紐なに!?」

「……キャミソールです」


 そういえば今日のキャミソールは水色だった。そんなことを考えているとアッシュの髪の先輩が「あー、そっか、キャミかぁー!」と椅子の背に腕を乗せながら天井を仰ぐ。蛍さんはその頭をもう一度ハリセンで叩いた。


「つか九十三(つくみ)、お前は赤点取ってねーだろ、帰れ」

「話題の三国ちゃんに手取り足取り教えられたいと思って」


 話題ってなんだ……。雲雀くんの存在を消してしまったせいで私が白雪に向かってとんでもない脅迫をしたことになっているという例の噂のことだろうか。そうだとしたら早めにその噂を訂正しておきたい。


「てか俺数学と英語は赤点ギリだしー」

「んじゃ俺が数学教えますよ、先輩」


 アッシュの髪の先輩 (ツクミさん?)の前の椅子を雲雀くんが乱暴に引いた。ガタガタッと鉄パイプ部分同士がぶつかって大きな音を立てる。

 そこに雲雀くんはドッカリと不遜な態度で座りこんだ。「ほら早くなんでも出してみろよ」なんて聞こえてきそうだ。

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