ぼくらは群青を探している
 そんな雲雀くんの態度に蛍さんは額を押さえ、教室内はしんと静まり返った。そりゃそうだ、新入りでしかも年下なのに数学教えてやるよなんて先輩に上から目線で言い放つなんてどうかしてる。そのままリンチが始まってもおかしくない。

 なんて私の心配とは裏腹に、ツクミ先輩を筆頭としたその場の先輩達はげらげら笑いだした。雲雀くんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。


「お前可愛いヤツだな!」

「三国ちゃんのこと心配なんだろ」

「だいじょーぶだよ、お前の三国ちゃんをとったりしないよー」


 それどころかツクミ先輩に至ってはまるで小さい子をあしらうように雲雀くんの頭を撫でるときた。雲雀くんは唇を戦慄かせ、耳を赤くしてその手を振り払う。


「……なんですか」

「えー、だって三国ちゃんとられると思ったんだろ、カーワイ。てかそっかー、三国ちゃんって雲雀のだったんだ。永人の愛人じゃないんだっけ?」

「ちげーよバカ」

「えってか侑生のでもないです!」

「お前はややこしいからちょっと黙ってな」


 ハッとしたように割り込んだ桜井くんを一蹴し、蛍さんは「あー、もう三国はそこでいいや」と一瞬だけ振り向いてから、教室内に集まっている群青のメンバーを見渡した。


「月末から期末始まるからな、マジでお前らちゃんと勉強しろ。特に三年、留年して二年と同じ教室になって気まずい思いさせんじゃねえ。後輩に迷惑かける先輩なんぞクソだ。分かってんのかァ、服部」


 服部と呼ばれた先輩は「分かってる、分かってる」と気のない返事をした。隣の能勢さんが「服部先輩はね、年は永人さんと同じなんだけど三年に進級できなかったから。いま俺と同じ二年なの」と教えてくれた。なるほど、確かにあんなキンキラキンの頭の一個年上が教室内にいるのは気まずいものがある。


「よって、中間に赤点あったヤツらは期末まで楽しい楽しいお勉強会だ。各科目の担当は決めてある」

「はーい、俺三国ちゃん担当がいいなー」

「俺もー」

「お前らは数学がクソ。よって数学担当として雲雀をつける」


 分かりきった欲望を綺麗に裏切るがごとく、蛍さんはハリセンで雲雀くんの肩を軽く叩いた。雲雀くんは胡乱な目で蛍さんを見上げるので、多分「さっきの冗談だったんだけど」なんて思っているはずだ。そして当然「なんでだよ!」「オネーサンがいいとは言わない! せめて女子!」「なんのために三国ちゃんを呼んだんだ!」とブーイングの嵐だけれど、蛍さんは「次、国語ォ」と無視しながら教室の別の一角を指す。どうやら既に先輩達は赤点の科目ごとにまとめられていたらしい。


「岡町、お前国語担当。川西は世界史と地理」

「うぃーっす」

「んで芳喜、お前物化」

「さすがにそれ範囲広くないですか? てか永人さんは何なんです」

「俺は真面目に勉強しねーバカをぶん殴る役だよ」


 パンパンッと蛍さんはハリセンで手を叩きながらツクミ先輩を睨んだ。ツクミ先輩は「ひぇ」とわざとらしく身を竦める。


「んで三国、英語」


 二、三年生に向かって一年生が英語を教えるなんてそんな無茶な……。そう言いたいのはやまやまだけれど、順々に割り当てられるのを聞いていると無理だとは言えない。なんなら英語赤点らしい先輩達が「よっしゃ勝ち組ー!」と意味の分からない雄叫びを上げているので余計に断れない。


「……ていうか群青ってこんな真面目なことやってるんですか」

「さすがに勉強会は初だよ。永人さんが真面目な人だからねえ」


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