ぼくらは群青を探している
 次はってなんだろう……。椅子の背に肘をついてこちらを振り向いた能勢さんはわざとらしくウィンクした。アイドルでなくてもあんなに綺麗にウィンクできるものなんだな。


「芳喜、テメェは三国に手出したら市中引き回しの刑だぞ」

「こわァ。つかいつの時代ですかそれ」

「そんなこと言ってるから三国ちゃんが永人の愛人って言われんだよー」

「……蛍さん、その噂どうにかしてください」


 そういえばその話はどうにかしてもらわないといけないんだった。当初の蛍さんはその気になれば灰桜高校内の噂なんてどうにでもなるかのような口ぶりだったし、その噂も潰せるだろう。

 が、蛍さんは眉を吊り上げた。


「なんだよ愛人じゃ不満か」

「不満ですよ何言ってるんですか?」


 驚きのあまり、我ながら先輩に対するものとは思えない発言をしてしまった。でも群青の人達が気にした様子はなく「そりゃ正妻にくらいしてやれよー」「三国ちゃんかわいそーじゃん」と斜め上の方向に話が進む。私が不満だと言っているのはそんなことではない。

 蛍さんはガシガシとピンクブラウンの髪を掻き混ぜた。


「って言ってもなあ、正妻はフラれてるしなあ」

「フッてなくないですか!?」


 とんだ濡れ衣、もはや冤罪(えんざい)だ。愕然(がくぜん)とする私とは裏腹に群青の人達は至極(しごく)楽しそうに、そして当然勉強会などそっちのけで「マジかよ」「永人ダサすぎて草」「そういや永人が一年にフラれたって噂聞いた気がする」と盛り上がる。


「フッただろ。ピンクブラウン恐怖症とか言って」

「あれは冗談じゃないですか!」

「マジかよ。染め直すか考えた俺の時間返せよ」

「絶対嘘!」

「ねー三国ちゃん頭が良い人の次の好みのタイプは? なに?」

「えっ……えー……優しい人……?」

「男なんてみんな可愛い子には優しくするっての!」

「俺も優しくしてたら好きになってもらえるかなー」

「……それは必要条件と十分条件の問題で」

「なにそれ」

「なんか数学の授業で聞いた気がする」

「俺インテリ女子無理だわ。今の話聞いてマジ無理って思った」

「女子はやっぱちょっとバカなくらいがいいよなー。てかそうじゃん、女子って頭いいと可愛くねーから損だよな」

「三国ちゃんも頭悪かったらもっと可愛かったかもなー」

「いや三国ちゃんは可愛いよ? 可愛いけどね? このスレてない感じいいけどね? なんか教えたら全部素直にやってくれそうだし」

「何させるつもりだコラ」

「ほらまたそうやって愛人にする」

「愛人愛人うるせーな。勉強しろつってんだろ」


 脱線しまくって最早事故、そんな有様の先輩達の会話には全くついていけなくなっていた。蛍さんは九十三(つくみ)先輩の頭をハリセンで小突く。九十三(つくみ)先輩は「いやー、無理だって」と口を(とが)らせた。


「フツーにつまんないし。ご褒美(ほうび)とかないと無理」

「三国がいんだろ、ご褒美だろうが」

「いやいやさすがに三国ちゃんが座ってるだけでご褒美にはなんない、それはごめん無理」


 バタバタと九十三(つくみ)先輩は手を横に振った。私だってそんな自意識過剰なことは考えたこともない。


「例えばさー、ほら、今年の一年で一番可愛い子いるじゃん。牧落(まきおち)胡桃(くるみ)ちゃん。あのレベルなら座ってるだけでご褒美」

「え、胡桃が?」


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