ぼくらは群青を探している
 ただ、当の本人の雲雀くんは隠す気もなさそうに、数Ⅰの教科書を拾い上げる。


「面倒くせーこと嫌いなんだよ。だから牧落と話すのは嫌い」

「なに、胡桃ちゃんって天然系なの?」

「いや全然、つか真逆。どっちかいうと天然は英凜」

「……いや私は天然じゃなくて頭が悪いだけ」

「逆、逆! 三国ちゃん、普通の女の子が言うのは逆! 〝私は頭が悪いんじゃなくて天然なだけ〟って言うの!」


 どうやら雲雀くんが気にしている様子はない、そう安堵(あんど)しながらついつい口にしたことに、九十三(つくみ)先輩は笑いながら手を横に振った。その隣で、蛍さんはパン、パン……と何かを考えているかのように緩慢(かんまん)に、肩に乗せたハリセンを動かす。


「……三国、やっぱりお前って……」


 その続きは何なのか。蛍さんが眉を(ひそ)めたのが、怪訝(けげん)さゆえなのかと思ってしまったせいで、ゾッと背筋に寒気が走った。

 ただ、コンコン――という窓のノック音で、私達の意識は一斉(いっせい)にそちらに向く。

 それどころか、その窓の向こう側にいるのが牧落さんだという事実で、きっとみんなの頭から私の言動など吹っ飛んだ。


「胡桃ちゃんだ!」

「あれが? マジ、すっげー可愛い!」

「窓に背伸びしてんのも可愛いーっ」


 きゃっきゃとまるで小動物を見つけた女子高生のように騒ぐ先輩達に、蛍さんは眉間に深い(しわ)を寄せた。この人、もしかして(ブルー)(・フロック)の世話をしているうちにストレスではげるんじゃないだろうか。


「……桜井。お前行きな」

「……俺?」

「ここには群青のメンツしかいねーんだぞ。牧落もお前以外に用ねーだろ」


 蛍さんに促され、桜井くんは渋々窓際に向かう。窓の向こう側の牧落さんは制服姿なので、どうやら部活中ではないようだ。

 ガラガラと桜井くんは窓を開け、どこか気だるげな顔つきで「……なに?」とこれまた気だるげな声で(たず)ねた。私達の傍では九十三(つくみ)先輩が「アイツ胡桃ちゃんになんて口をきくんだ!」と憤慨(ふんがい)している。


「なに、じゃなくて。今日一緒に帰ろって言ったじゃん!」


 そして牧落さんは今日も今日とて頬を膨らませている。


「え? そうだっけ」


 私の隣から「アイツ胡桃ちゃんとの約束を忘れやがって……!」と本人よりも恨みがましげな声が聞こえる。蛍さんは怒ってこそいないものの呆れ顔だ。


「アイツなに、痴呆(ちほう)なの」

「いや忘れてんじゃなくて話聞いてないんです」

「どっちが悪いんだろうね、それ」


 ……私が見ているだけでも桜井くんは数回牧落さんとの約束をすっ飛ばしている。本当に早く携帯電話を持たせたほうがいい。


「全然覚えてないんたけど、その話いつしたっけ」

「先週? 夜行ったとき。ていうか昨日も覚えといてねって言ったのに!」

「覚えといてねって言われた覚えはある。でも何を覚えといてねって言われてるのか分かんなかった」

「昴夜ぁっ……!」


 あの牧落さんが窓枠を苛立ちに任せて握りしめている。それもそうだ、話を聞く限り10:0で桜井くんが悪い。むしろ相手が牧落さんで桜井くんにとってはよかったに違いない、蛍さん相手にそれをやったらそれこそ桜井くんの頭がすっ飛ばされてるだろう。


「で、なんの用事だったの?」

「だから一緒に帰ろうって!」

「え、だから帰ってなにすんの」

「アイツ、死ぬほど女心分かんねーヤツだな」


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