ぼくらは群青を探している
 蛍さんの声がどこか茫然(ぼうぜん)としているけれど、理由が分からない。でも能勢さんも頷いているので、私は仕方なく雲雀くんに助けを求めた。


「……雲雀くんが言ってるのはああいうところ? 端的に質問の意図に沿った返事をしないっていう」

「まあそういうところもあるけど、あれは違う。牧落にとっては一緒に帰ること自体が用事ってだけ」

「三国、お前も女心死んでんな」


 そして蛍さんには冷ややかな顔を向けられた。とんだ巻き込み事故だ。釈然(しゃくぜん)としない。


「……昴夜、ここで何してるの。まだ帰れないの?」

「え、うん、群青の勉強会。だから無理、また今度」

「何時に終わるの?」

「わかんない。ねー、蛍さん、勉強会何時までやるの?」

「牧落サンが聞きたいのは勉強会が終わる時間じゃなくてアイツを待ってていいかどうかだろ。ぶん殴りてえな」


 振り向いた桜井くんに返事はせず、蛍さんはブツブツと呟いた。隣の雲雀くんが「だから言ったでしょ、アイツ中身小学生以下だし」とさきほどよりも桜井くんの精神年齢を下げている。

 そんな私達はともかく、群青の先輩たちはいつの間にかわらわらと桜井くんの横に集まっていて「えーいいじゃん胡桃ちゃん中で待ちなよー」「え、いいんですか?」「いんじゃない? 可愛ければなんでも」「ねー、永人、いーよねー?」なんて許可を取り始めた。桜井くんはさっきまで真横で蛍さんに反対されていたせいか、まるで子犬のような目でこちらを振り返っていて「俺悪くないよね?」とでも聞こえてきそうだ。蛍さんのこめかみにはやっぱり青筋が浮かんでいるのでやっぱりこの人は群青の世話でハゲるんじゃ、以下略。


「どうするんですか、永人さん。あれもう牧落ちゃん入れないとデモとか起こりますよ」

「……入れてやれ」


 はあー、と蛍さんは深い溜息をつき、能勢さんが「牧落ちゃん、入っていいよー」と飄々(ひょうひょう)としたいつもの笑顔で許可を出し、先輩達は欲望を包み隠すことなく雄叫(おたけ)びを上げ、雲雀くんは蛍さんと同じような溜息をついた。


「……蛍さんが牧落を上手く追い払えたら一生忠誠誓えたのに」

()しいことしたな、俺」

「……雲雀くん、それ喋るのが嫌いとかいうレベルじゃなくない」

「アイツが俺の顔に薬品塗りたくったのを許してない」


 完全な八つ当たりで逆に安心した。能勢さんはニヤニヤ笑っているし、何も知らない九十三(つくみ)先輩に「え、なに、怪しい薬でもぶっかけられたの? 意外と怖いね、胡桃ちゃん」と風評被害が生まれた。

 それはさておき、牧落さんは「ありがとうございます!」と顔を輝かせ、あろうことかそのままよいしょと窓から入って来ようとする。先輩達が「え、胡桃ちゃん危なくない?」「手貸そうか?」「お前気持ち悪いんだよ」と騒ぎ立てながら手を伸ばす中――桜井くんが窓から身を乗り出した。

 よっと、なんて小さく(こぼ)しながら、まるで猫でも迎え入れるように、そのまま桜井くんは牧落さんをうまい具合に抱えて教室内に入れた。先輩達が「……役得だな」「いや俺らがやったらキモイだけ、幼馴染の特権」とぼやいている。

 ただ当の本人達は気付いているのかいないのか「つか胡桃ローファーじゃん。窓から入った意味なくない?」「あ、大丈夫、横向きに置いとくし」と下足(げそく)の心配しかしていない。


「ていうか重くない? おろしていいけど」

「ああ大丈夫、英凜と変わんない」


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