ぼくらは群青を探している
 ……女子に「重くないか」と聞かれたら「重くない」以外答えてはいけない。そのくらい高校生になれば私にでも分かる。牧落さんは降ろされた窓枠に座りながらにっこりと笑みを浮かべ、パンッと桜井くんの頭を叩いた。


「な、なぜ……」


 桜井くんの顔は見えないけれど、茫然としているのは声で伝わってくる。


「今言うのは『大丈夫』だけでよかったの。学んで」

「でも英凜より胡桃のほうが背高いじゃん? んで変わんないんだから胡桃のほうが軽いってことじゃん、よくない?」


 パンッと再び桜井くんの頭は叩かれた。


「よくない。ていうか今のも言っちゃだめ」

「でも英凜は気にしないと思う」

「そういう問題じゃないの。ていうか三国さんのこと英凜呼びなの? あたしも英凜って呼ぼっと。英凜も胡桃でいいからねー」


 流れるように私の呼び方が変わり、そして牧落さんの呼び方も変えられた。牧落さんはまるでアイドルのように窓辺に腰かけたまま私に手を振っている。振り返すべきなのか悩んだ挙句「どうも……」聞こえるか聞こえないか分からないくらいの微妙な音量で返事をすることしかできなかった。

 九十三先輩はコソッと能勢さんに耳打ちして「……普通いまの流れって『なんで他の女の子のこと名前で呼んでるの? 昴夜とどんな関係なのっ』てなるところだよね」

「まあ、そういうサバけたタイプなんじゃないですか。さっき桜井くんが天然の真逆って言ってましたし」

「それならいいけどなあ、可愛い女子がいると揉めそうでイヤなんだよなあ」


 蛍さんは変わらずぼやく。確かに傾城(けいせい)の美女なんて言葉があるくらいだし、牧落さんはそのレベルの美少女だ。


「可愛い女子でいったら既に三国ちゃんいるじゃないですか」


 ねえ、と能勢さんに振り向かれてたじろいでしまった。私の顔面の客観的評価はさておき、あの牧落さんと比べられても困る。


「いや三国はモテないから問題ない」


 が、蛍さんにバッサリと切り落とされてしまった。しかもなぜか雲雀くんは鼻で笑った。不可解だ。いやモテるかモテないかはどうでもいいからこの際|措()くとして、なぜか当然のように言いきられると不可解だ。


「……いや、その、反論するつもりはないんですけど……ちなみになぜ……」

「男は単純だけど三国ちゃんは複雑だからねー」


 つまり九十三先輩も蛍さんと同じように考えている、と。


「まあ雲雀くんの言葉を借りるなら、三国ちゃんは数学ができなくなればいいんじゃない?」


 そして能勢さんも同じく、と。

 目を白黒させている私を無視し、蛍さんはすくっと立ち上がり、パンパンッとハリセンで机を叩いた。


「おい、そろそろ休憩は終わりだぞ。牧落サンがいるならご褒美になんだろ、課題の一つか二つくらいやって帰れ」


 先輩達は打って変わって従順になり「はーい」と揃って返事をして「芳喜ィ、物理やろうぜ」と勉強を再開し始めた。九十三先輩も「じゃ、三国ちゃん英語ね」とさっきまで取り出してすらいなかった問題集を開く。


「……可愛い後輩がいるってだけでこんな覿面(てきめん)態度変わるんですね」

「みんながみんなってわけじゃないけど」九十三先輩の示すほうを見れば早速勉強ではなく牧落さんの周りに群がる先輩とそれを叩く蛍さんがいて「勉強して胡桃ちゃんと話せないのと、勉強しないで胡桃ちゃんの傍にいて、でも血液型すらろくに聞けないで永人に殴られるのとどっちがイヤかって話だよ」


 なるほど確かに、それは分かりやすい選択だ。
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