ぼくらは群青を探している
「九十三先輩は永人さんに殴られたくなく、かつその情けない様子を牧落さんに見られたくないというわけですね」
「そそ。それに、胡桃ちゃんにデレデレして永人に殴られるより、三国ちゃんの隣で手取り足取りマンツーマンで教えてもらったほうがお得でしょ」
さっきの雲雀くんの顔面偏差値と脳偏差値の話が頭に浮かんだ。牧落さんにささやかな質問をすることが百点、蛍さんに殴られることがマイナス三〇点、更にそんな姿を牧落さんの前で晒すことのマイナス二〇点の計五〇点だとしたら、私と勉強をするほうが生産性の観点から五〇点以上の評価と考えて差し支えないという話だろう。
「じゃあ先輩のご期待に沿えるように頑張ります。とりあえず先輩は整序問題に手をつけられる段階にないので文法から始めましょう」
「うん、いやもう言い方には何も言わないんだけど、ところで三国ちゃんの血液型は?」
「それって文法に必要なんですか?」
「うん、あのね、本気で不思議そうに聞くのやめて?」
九十三先輩に手渡された参考書を捲っていると「ツクミンせんぱーい、俺も英語やるー」と桜井くんがふらふらと寄ってきた。きっと牧落さんの周りに群がっていた先輩達に押し潰されていたのだろう、私の隣に座り込むと、へちゃりとでも聞こえてきそうな動きで机に頬を載せた。
「いーの、お前、胡桃ちゃんの相手してなくて」
「えー、いんじゃないの? だって先輩が構ってるじゃん」
「構ってるのは牧落さん側だと思うけどね」
「ハハッさっきから思ってたけど、三国ちゃん結構言うねえ」
九十三先輩の何気ない一言に、背筋を氷が滑り落ちるような感覚が走る。
「……今のって言うべきじゃなかったですか?」
「いや、アイツらは気にしないんじゃない。三国ちゃんの言うことだし」
「……私が言うことだというのは」
「だってほら、三国ちゃんは永人の愛人だから」
「いやだからそれは……」
ただの勘違いじみたネタのような噂であって――と否定する前に。
「ま、特別なんだよ、特別」
九十三先輩は、意味深な形容を使う。
そう思われていないことには安心するけど、愛人通り越して特別……。まさしくその特別な形容には愛人とは別の含意がある気がしてならない。
「……九十三先輩、それって――」
言い終える前に、ガンッと九十三先輩が突如机に頭突きした。原因はその後頭部に乗っている足以外ない。
「九十三、テメェずっと日本語喋ってっけど本当に英語の勉強してんのか?」
「してます、してます。いま三国ちゃんにアイラブユーを教えてもらってて」
「ほーお。彼女もいねーのに誰に囁くんだ、その愛の言葉」
「もちろん三国ちゃイタタタ」
「九十三、お前チェンジ。雲雀の数学行きな」
「やだよ、雲雀くん絶対俺のこと嫌いじゃん。俺が三国ちゃんにベタベタしてたらスゲー睨んでくるし」
「もとからこういう目つきなんで」
「嫌いなの否定して?」
蛍さんに問答無用で襟を掴まれ、九十三先輩は反対側に向き直らされた。まるでハムスターの躾を見ているかのようだった。
「三国、そういうわけで九十三は脱落だ。山本と中山に教えてろ」
「はあ……でも山本先輩と中山先輩は牧落さんの傍にいるので、多分やる気はないかと……」
「中山! 山本!」