ぼくらは群青を探している
 山下先生の粗い眉が寄せられ、目は卵のように形を変える。まるで顔芸でもしているようだ。その手の中では変わらずボールペンが回る。


「……まあ、勉強するなとは言わんけどなあ、三国、教える時間は無駄だ。そんなことして自分の成績が下がったらどうする」

「灰桜高校レベルなら下がりようがないので大丈夫です」

「なにィ?」


 ブッと頭上の能勢さんと隣の蛍さんが吹き出したし、隣の雲雀くんも私を見ながらその口角を吊り上げた。山下先生はわざとらしく口を(ゆが)めて笑う。


「三国がそんなことを言うとは……もうお前らの影響受けとるじゃないか」

「いや俺らこんなこと教えてないから」

「じゃお前か、雲雀」

「いや三国はもともとこういう生意気なタイプです」

「え、私のことそういう目で見てたの……」

「まあいいか。教師としては生徒同士の勉強会をダメと言うわけにはいかんからなあ」


 いまの流れで何をどう納得したのか、山下先生は席を立つと、鍵と一緒にプリントを一枚持ってきた。「貸出書」と書かれているのできっと鍵を貸し出すための書類なのだろう。


「能勢、お前の名前書いてけ。いいか、備品壊したら内申(ないしん)に傷がつくぞ」

「やだなあ先生、いつも言ってるでしょ。俺は実力で入れるからそういうのいいって」


 能勢さんは悠々(ゆうゆう)と名前を書き、山下先生にプリントを返し、代わりに鍵を貰う。


「いいかあ、三国を妙な道に引きずりこむなよ。で、お前らは成績いいんだからちゃんとしろ」

「はーいはい、次の期末も頑張ります。んじゃ」

「失礼しました、だろ」


 ひらひらと手を振る蛍さんの後ろで軽く頭を下げると「ほら三国はちゃんとしとる」と山下先生はブツブツ言いながら机に戻っていた。


「……あれこれ言うわりには、わりとすんなり鍵をくれましたよね、あの山下先生」

「ああ、お前ら知らないのか。あれ、生徒指導の山下で、|三年六組(うち)の担任。まあ俺らみたいなのから人気あるよ、なあ?」

「そうですねえ。ああ、あの人ね、元暴走族なんだよ。ワルは十五歳で全部やったらしい」


 聖職者についているとは思えないキャッチコピーに目を()かずにはいられなかった。でもそれなら蛍さん達と仲が良いのも納得はいく。


「……じゃあ多少の悪いことは目を(つむ)ってもらってるんですか?」

「んー、目は瞑ってもらえないかな。見てないところなら(とが)めないけど見てるところでやったら逃さないぞって感じ」


 なるほど……。いずれにせよ群青にとってはいい先生であることに変わりはない。


「んじゃ、芳喜、お前視聴覚教室開けてきて」

「はーい。んじゃ三国ちゃん一緒に行こう」

「あ、でも荷物……」

「いいよ、俺持って行く」


 物理的に右往左往(うおうさおう)しようとしたところで、まるで「大丈夫」とでもいうように頭をポンポンと軽く叩かれ、硬直してしまった。でも雲雀くんはなんでもないような顔をしてそのまま蛍さんと三年六組へと行ってしまう……。妹と同じ扱いをされたのだろうか……?

「三国ちゃん、行くよー」

「あ、はい……」


 能勢さんも蛍さんもノータッチだし、私がスキンシップに(うと)すぎるだけ……? 困惑しながらも能勢さんの隣に並んだ。真横に並ぶと背が高いのが分かりやすい。


「どう、三国ちゃん、群青の連中に慣れた?」

「あ、はい、だいぶ……」

「先輩達にセクハラされてない? あの人達、基本女子に飢えてるからね」

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