ぼくらは群青を探している
「男がいる買い物で下着買いに行くとか痴女(ちじょ)かよ」


 バシッと桜井くんが雲雀くんを叩いた。美人局の意味を知らなかった桜井くんは痴女の意味は知っているらしい。


「買い物終わったんなら外出る? 人多いし」

「昴夜たちは何も買わないでいいの?」

「いーよ。つか人酔いしそう、早く出たい」


 桜井くんの提案は願ったり叶ったりだったのでホッとした。しかも雲雀くんはそうと決まったかのようにすぐに踵を返した。概して男は女子の買い物に付き合いたがらないというのは本の描写でよく見かけるけれど、二人はまさしくそれだ。

 桜井くんもそれに続くとしたけれど、牧落さんが「お茶くらい飲もうよ、喉渇いちゃった」と引き留めた結果、桜井くんが「あー、確かに俺もなんか飲みたい」と雲雀くんを引き留める。雲雀くんは迷惑そうな顔で私を見た。きっと私が反対することを期待しているのだろうけれど、そんなことをできたら下着なんて買わされていない。


「カフェ、他に何階にあったっけ?」


 牧落さんがフロアガイドを見に行こうとでもいうように指をさす。

 そのワードで、頭の中には、ビルに入って最初に見たフロアガイドの写真が浮かんだ。カフェマークがあったのは……。


「地下一階、二階……四階はここで、あとは六階のレストランフロア」

「……覚えてんの?」


 雲雀くんの表情は、打って変わって驚いたものになっていた。桜井くんは「すげー、さすが英凜」とぱちぱち軽く手を叩く。


「……最初にフロアガイド見たから」

「いやそれだけじゃ覚えてないって。そんじゃ二階まで降りる?」

「あ、でも、中のお店なんてどこも入れないんじゃない? 出て外で買ったほうが早いかも」


 なんだか余計なことを思い出してしまった気がする。思い出したせいで頭痛が酷くなった気がした。こめかみを少し押さえる。


「で、買って寄木(よせぎ)公園で飲めばよくない? 歩いてすぐでしょ」

「あー、そっか。俺はそれでもいいけど、英凜と侑生は?」

「……私も別に」

「俺はどうでもいい」

「侑生、『どうでもいい』は禁止ね?」


 雲雀くんは無言だった。『どうでもいい』が言えないくらいなら無言を貫く、そう聞こえてきそうだ。


「そうと決まれば外行こ。近くにあったっけ?」

「スターボコーヒーあったと思う。暑ィからフラペチ飲みたい」

「あれ甘くて飲めないって言ってなかった?」

「なんかそういう時期もあった、いまはめっちゃ好き」


 エスカレーターに乗り、そのまま身を任せてぐっと目を瞑る。でも視界が真っ暗になると今まで保存された写真が高速でアルバムを(めく)っているかのように再生されるので余計に気持ち悪くなってしまいそうだった。

 段々と、こめかみは明確な痛みを伴い始めた。指で押さえると余計に痛い……。


「三国、大丈夫か?」


 ただ目の前を見ているのも辛いほど目蓋(まぶた)が重たくて、閉じないように必死に押し上げている有様だった。その視界の中で、珍しく心配そうに眉尻を下げた雲雀くんが下から覗きこんでくる。


「……大丈夫」

「なに、英凜、具合悪いの?」


 雲雀くんの背後から桜井くんが顔を出す。そういえば金髪はいつも見てても平気だ……。正直、自分でも何がダメで何がセーフなのか分かっていなかった。


「……大丈夫、ちょっと疲れただけ」

「人酔い?」

「……そんな感じ」


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