ぼくらは群青を探している

「疲れやすいって言ってたな」

「……ああ、うん」

「人酔いじゃなくて疲れたのか」

「……うん。もしかしたら人酔いなのかもしれないけど、あんまり分かってない」

「分かってない?」


 好き勝手に喋り歩く人々の間を雲雀くんと並んで歩く。こうしていると、まるで最初から二人きりで出かけていたみたいだ。


「……分かんない。っていうか、多分このせいかな、っていうのはあるんだけど、別に医者に()てもらったわけでもないし……」

「別に医者に診てもらわなくたって、自分でこのせいかもって思ってんのがあるんだろ。んじゃそれなんじゃねーの。つか対照実験みたいなことやったら分かりそうだけどな」


 要は、その原因と思しきものがある状態とない状態、それぞれの状態でデパートに行って、頭痛がするか試してみればいいのでは、という話だ。でもそれができるならしている。現に今日だって、保存する気なんてなかったのにしていたんだから。


「つか、三国はなんのせいだと思ってんの?」


 いつの間にか、私達の足は寄木公園の外縁を歩いていた。もう少し歩けば敷地内に入れる、そうすれば座れるところがあるし、視覚情報も景色が主になる。そうすれば……、少し楽になる。

 その楽さを考えただけで誘惑されてしまったように、意識がベンチに向いた。雲雀くんはきっとそれに気づいていて、私が吸い寄せられるようにベンチに向かうのを、そしてそのせいで会話が途切れてしまったことを、仕方がなく思っている。

 ただ、ポスンと空いているベンチに座りこんでしまったとき、雲雀くんはいなかった。どこへ行ってしまったのだろう、と周囲を見回そうとしたけれど、頭が重たくてできなかった。ズキリと痛んだ目の奥を労わるように、こめかみを指で揉む。目蓋の裏で、ぐにゃりと写真が(ゆが)む。

 その手の甲に、ひたりと冷たく固いものが当たって驚いて顔を上げた。視界に映るのは雲雀くんと、水の入ったペットボトルだ。


「飲んだら? なんか渇いてそう」

「渇いてそうって」


 私が干物でも見えているのだろうか、そうだとしたらちょっと失礼なのに、受け取りながら笑ってしまった。


「ありがと、助かる……」

「別に、つかあんな店いたら水と酸素足りねー」


 ドカッと隣に腰かけた雲雀くんの手にはもう一本、ペットボトルがあった。セリフも合わせて考えれば、当然に雲雀くんも喉が渇いていたからなのかもしれないけれど、なんとなく、そこまで含めて気遣いだと分かった。だってこれからアイスコーヒーがくるのだから。

 ……そうやって、雲雀くんも、器用にやってのける。ああ、でも、雲雀くんは頭の良い人だから、私と同じように誤魔化すことができているのだろうか。それは私には到底分からないことだった。哲学的ゾンビとは違って、これはボロが出ることだから、いつか分かるかもしれないし、私と話す間は永遠にボロが出ないのかもしれない。


「……さっきの話だけど」

「ああ」


 雲雀くんが畳みかけてこなかったのは、もしかしたら、話したくないことだと察知したからなのかもしれない。


「……多分、保存しすぎるんだと思う」

「……保存?」


 何を? そう聞かれるのは当然だった。……当然らしかった。私には分からないけれど。


「……雲雀くん、さっきのビル、二階に何のお店が入ってたか覚えてる?」

「……女の服」

「マネキンの服装、覚えてる?」

「……ティシャツと短パン」

「その色と柄は?」

「……覚えてねえ。覚えてんの?」

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