ぼくらは群青を探している
「覚えてる、というか」 

 エスカレーターで二階に上ったところ。ポーズを取ったマネキンとオレンジのティシャツに同系色のチェックのショートパンツ。エスカレーターを降りたところに表を向けるようにしてずらりと並ぶ服の手前は黒。「Honey bee」をもじった店のロゴ。レディースのショップ。

 エスカレーターで三階に上ったところ。ネイビーのスーツとピンクのブラウスを着たマネキン。その隣には水色のブラウスにオフホワイトのタイトスカートをはいたマネキン。白、黄色、水色、ピンクのブラウスがその隣に平積みになっている。ベージュを基調とした店舗。「20+」というロゴ。またレディースのショップ。

 エスカレーターで四階に上ったところ。降りたときにちょうど視界に入るように、バッグがいくつか並んでいる。水色、黄色、ピンク色。その棚の下に小物。カードケース、財布。ピンク色、黄色、白色。

 頭の中には次々と写真が浮かび、それを見るたびに目の奥が痛んだ。気持ち悪い。頭がぐらぐらして吐き気がする。


「……それって、三国の頭が良すぎるだけなんじゃねーの」


 私は何も言葉を(つむ)がなかったのに、雲雀くんは無言を肯定だと受け取った。そしてそれは怪訝(けげん)そうな声だった。同時に、怪訝そうだと分かるようになったことに安心する。雲雀くんとの会話は、きっと他の人とのそれよりも間違える確率が低い。


「……記憶力がいいのと、異常にいいのは全然違うよ」

「異常って」私が苦笑いしたのとは裏腹に、雲雀くんはペットボトル片手に笑い飛ばすような口調で「人よりちょっと店の様子覚えてるだけだろ。記憶力がいい、でいいじゃねーか。異常にいいってのは、例えばこれを一瞬で覚えるとか」


 雲雀くんは冗談のようにペットボトルを私に向けて振ってみせた。私には、ラベルの成分表示部分が向けられている。それがくるりと(ひるがえ)された。


「できんの?」

「硬度38mg/l、栄養成分表示100ml当たり、エネルギータンパク質・脂質・炭水化物0、ナトリウム1.13mg……」


 頭の中に保存された、ペットボトルのラベルの写真。それの中にある文字を読み上げているうちに雲雀くんの目が少しずつ大きくなる。ズキリと頭が痛んだ。


「……|異常な(おかしい)んでしょ」


 つい、苦笑いしてしまった。雲雀くんは閉口した。


「……全部写真みたいに覚えてんの」

「……全部じゃないよ。普通に、見たけど意識に入っていないものを覚えてないこともある。でも、見たけど意識に入っていない、それなのに覚えてるものもある。私でも、その違いがどこにあるのかは知らない」


 人の頭は忘れるようにできている、というのは誰でも知っている話だ。私だってそのくらい分かっている。だから、見たけど意識に入っていないものを覚えていないこともある、というのが私の正常さのひとつだと思っていた。


「……保存しすぎるって話したのは、お店の中の様子を写真みたいに覚えすぎるってこと。目に見えてくるものをどんどん覚えちゃって、目の奥と頭が痛くなる」


 目を閉じると、目蓋の裏に次々と写真が浮かんできて頭痛がする。その仔細(しさい)を見ようとすると頭痛は酷くなる。

 だから、ファッションビルのように情報量の多い場所へ行くと頭痛がする、そのメカニズムを、私は「保存しすぎるから」と整理している。

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