ぼくらは群青を探している
 それは例えば、写真のデータをパソコンに保存することと同じ。撮影したデータそのままを保存しようとすると、サイズが大きくてハードディスクを圧迫してしまうし、処理にも時間がかかるから、パソコンは重くなる。重くならない程度に圧縮処理をすればいいのだけれど、それができない。同じように、大きいサイズのまま保存しても圧迫されないほどのハードディスクの要領はない。

 見た光景を写真でそのまま保存すると、脳はパンクする。だから普通は、その光景を、写真のようにではなく、自動で情報を取捨選択して最適化して保存する。私の脳はその最適化ができないから、パンクする。

 実際にどうなのかは知らない。医者にそう聞いたわけではない。人間の脳に関する研究成果論文を読んだわけでもない。私みたいに次々と光景を写真のように保存してしまう人がみんなそうなのかは知らない。もしかしたら、最適化をできないバグ持ちの脳は、代わりに圧倒的な容量を持っているものなのかもしれない、ただ私の脳にその機能が欠けてしまっただけで。


「それは、きっと私の|異常さ(おかしさ)を裏づけるものなんだと思う」

「……|異常さ(おかしさ)ありきみたいに言ってんの、俺の勘違いじゃねーよな?」


 こめかみを押さえながら、また苦笑いしてしまった。確かに、雲雀くんのいうとおり、数学ができるかどうかは仲良くなるために必要な要素かもしれない。


「……例えば、私には、いま雲雀くんが怒ってるのか、ただ(いぶか)しんでるだけなのか、それとも状況を楽しんでるのかさえ分からないよ」


 小学一年生のとき、椅子取りゲームで南塚健太くんをいわば指名したこと。小学四年生のとき、平野くんに「興味がない」「どうでもいい」と答えたこと。中学一年生のとき、虐められて仲間外れにされているとは察知せずに豊池咲良さんのノートを拾ったこと。

 空気が読めないという表現を知ったとき、なんだそれはと思った。空気を読むってなんだ。空気は吸うものだなんて言うつもりはなかったけれど、そう言いたくなるくらい、全く意味が分からない表現だった。

 だって、他人の感情なんて分かるはずがないのに、それを読み取って()み取って行動しろなんて、そんなの、ただのエスパーじゃないか。

 雲雀くんは眉間に皺を寄せていた。この文脈でそんな表情をする理由はひとつ、〝よく意味が分からない〟から。だから、雲雀くんの表情は「言ってることの意味がよく分からないという表情」と形容するのが論理的。

 私はいつもそうやって、人の表情を解読している。文脈と言葉が持つ意味に論理則と経験則を適用して、合理的に推測される感情を導き出す。人を分類するのだって、その論理則と経験則を適用しやすくするためだ。

 誰も彼もが簡単そうにやってのけるそれを、私はいちいち考えないとできなかった。それは例えば世間的には「無神経」だと言われることで、まさしく人より神経が足りていないのだと思った。みんなが過不足なく使うことのできる神経が、私はいつも不足している。それはきっと人に比べて頭が悪いからなのだと思っていた。──平野くんの件を取り沙汰されるまでは。


「……異常らしいよ。自覚症状はないけどね」


 自覚症状──その単語からふと荒神くんとの会話を思い出した。

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