ぼくらは群青を探している
 やっぱり地雷は近くにあった。ただそんなところに地雷があるとは思いもよらずいや実家が雲雀病院ということはおそらく父方が医者一族で、その意味で父親と確執(かくしつ)があること自体にそれほどの違和感はないし寧ろあるほうが自然と言っても過言でないにしろ、父親に顔が似ているというただのご挨拶程度の意味しかなくてもおかしくないものが地雷になるとは思っていなかった。

 こういう時はどうすれば……とそっと桜井くんを見ると――ずいっと手に持っていた箱を差し出した。


「あ、そーだこれオヤツ。オヤツの時間になったら食お」


 雲雀くんの地雷は無視。そしてその箱はミセスドーナツなのできっと朝もバイトだったのだろう。

 ただ、それを見て雲雀くんもその手の荷物を思い出したらしく、無言ですっと紙袋を持ち上げた。……不発に終わったということでいいだろうか?

「……ありがと。手ぶらでよかったのに」

他人(ひと)ン家あがるんだからなんか持ってくるだろ」


 日頃銀髪で短ランを着ている不良少年のセリフとは思えない常識的な意見だ。高校生にもなればそのくらいできて当たり前なのかもしれないけれど、こういう一面を見ると雲雀くんの育ちの良さを思い出してしまう。

 それはさておき、雲雀くんの地雷が爆発しなくてよかった。安堵(あんど)しながら紙袋と箱を受け取り、そのままおばあちゃんに「……三時くらいに食べるから」とパスした。


「今日はお勉強会かね」

「うん。おばあちゃんは出かけるんでしょ、大丈夫だよ、適当にやるから」

「はいはい。桜井くんと雲雀くん、ゆっくりしていきね」


 邪魔になっちゃいけん、とブツブツ言いながらおばあちゃんはゆったりとお台所に引っ込む。でも居間で桜井くん達と一緒にいるのはどこか気恥ずかしいものがあるので、勉強をするにしろ他のことをするにしろ、私の部屋を使うことには決めていた。


「……英凜の部屋ですんの?」


 私の手が廊下に続く(ふすま)を開けたので、一度来た桜井くんには私の部屋を使うと見当がついたのだろう。でもその見当とは裏腹に、声はどこか硬かった。


「そうだけど……あ、テーブルは持ってきてるよ」


 桜井くんは雲雀くんを見た。でも雲雀くんは肩を竦めるだけだ。


「……まいっか」

「三国がいいならいんじゃねーの」

「……別に男子が部屋に入ることに抵抗はないよ」

「あー、うんうん、大丈夫、英凜がいいなら俺はいいよ」


 廊下を歩きながら、桜井くんはぺっぺっと手を軽く振ってみせた。そのまま犬のように大きな欠伸をする。


「……桜井くん、今朝もバイトだったの?」

「うん。でもなんか最近慣れた。てか来るまで三時間くらい寝たから眠くはない、欠伸は出るけど」

「もともと体力ゴリラだもんな、お前」

「ゴリラより俺のほうが可愛くない?」


 そういうことじゃなくない? でも、そのいつもどおりの桜井くんの言動こそ、寝不足で疲弊しきっている状態にないことの証明だった。

 部屋の扉を開けると、桜井くんは「あ、机だ」とすぐにイレギュラーな存在に気付いた。やっぱり、桜井くんは存外記憶力がいいのかもしれない。


「これどこ座ればいいの?」

「……ソファの前と机――学習机の横かな」


 「机」という言い方だと、即席の勉強机と学習机のどちらを指すのか分かりにくかったので言い直した。

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