ぼくらは群青を探している
 もともとの私の部屋は、一方の壁際にクローゼット、ピアノ、本棚、もう一方の壁際に学習机とソファがあるだけだ。三人で机を囲んで勉強会なんてことはできない。結果、ソファとピアノの間に折り畳み式の机を持ってきて勉強机とするしかなかった。ただ、部屋の広さの都合で、ピアノの椅子を部屋の隅に移動し、折り畳み式の机をピアノの横まで最大限に寄せる羽目になった。お陰でピアノ側の一辺には座るほどのスペースはない。

 桜井くんは「じゃ奥から座ろっと」と学習机の横に座り込むけれど、雲雀くんは眉間に皺を寄せて難しい顔をしている。お坊ちゃんの雲雀くんには狭苦しい部屋で居心地が悪いのかもしれない。


「……ごめんね雲雀くん」

「……謝ることじゃねーだろ。さっさと勉強終わらせればいいし」


 勉強を終わらせればこの部屋を出ていけると思っている……? ただ、手土産とはいえお菓子を持ってきた二人はきっと夕方くらいまではいるつもりだ。となると……。


「……何の話?」

「え、三国のピアノ」


 (いぶか)しむ私に、雲雀くんはもっと訝し気な顔をした。


「これだと()けないだろ」

「勉強しに来たんだよね?」

「そうだよ、俺に勉強を教えろ」

「偉そうに言ってんじゃねーよ」


 (とぼ)けているのか大真面目なのか分からないまま、雲雀くんはソファの前に座り込んだ。桜井くんは「……よく考えたら背中にソファがあるほうが休みやすかった!」なんて言うけど、雲雀くんは無視して筆箱とノートを机の上に出す。


「さっさとやろうぜ。つっても何すんのか知らねーけど」

「数学! 二次関数が無理!」

「お前マジで永遠に数学できねーな」


 いつもの悪態を吐きながら、雲雀くんが筆箱とは別の黒いケースを取り出す。一体なんだと思っていたら、中から眼鏡が出てきた。


「えっ、雲雀くん目悪いの」

「ん、ああ」


 針金のように細い(ふち)の、華奢な眼鏡だった。濃紺のそれをかけると、本当にインテリヤンキーとしか言いようのない見た目になった。


「勉強するときだけかけてる」

「でも学校でかけてなくない?」

「黒板見ねーだろ」


 ……そうか、遠くが見えにくいから眼鏡をかけるのであって、遠くを見ないのであればかける必要はない。授業中に黒板を見る必要があるというのは思い込みに過ぎない……のかもしれない? 納得しかけて首を捻った。そういうことではない。

 それにしても……。つい、雲雀くんをじろじろと見てしまった。見慣れないというのもあるけれど、あまりにも綺麗だったせいだ。女装のときに見たとおり、その顔の綺麗さは女子顔負けだ。


「……なんだよ」

「あ、ごめん、顔綺麗だなと思って……」

「あーね、侑生が女装すれば能勢さんも抱けるつってたもんね」


 バンッと桜井くんの額が眼鏡ケースで殴られた。桜井くんは額を両手で押さえて机に突っ伏し悶絶(もんぜつ)する。言えばそうなることは分かっているはずなのに……。


「え、っていうか綺麗っていうのはそういう意味じゃなくて」

「いやもう慣れてるからどうでもいいけど」

「じゃなんで俺殴られたの!?」

「お前は殴られ待ちだろ」


 だから私は女顔だなんて言いたいわけではなかったのだけれど……! 私が弁解する暇など与えられず、雲雀くんはバサバサと教科書と問題集も出す。


「んで、お前どこが分かんないの」

「だから二次関数つってんじゃん」

「つか三国って試験勉強すんの?」

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