ぼくらは群青を探している
「無視! しないことはないんじゃねーの?」


 雲雀くんがそう尋ねる理由は、昨日話したことにあるのだろう。でも桜井くんはまだそれを知らない。


「……しないことはないよ。そのまま覚えてても思い出す効率が悪いから」

「ああ、日本史の教科書|捲(めく)りながら解いても怠いってことか」

「なにそれ、どういうこと」


 首を(かし)げる桜井くんに雲雀くんは閉口している。迂闊(うかつ)に私の秘密を口走ってしまったと思っているのなら、それは勘違いだ。いや、勘違いというと少し対象が広くなり過ぎてしまうかもしれない、桜井くんに話される分にはなんの問題もないというだけだ。


「……昨日、雲雀くんには話したんだけど、私の記憶力っておかしいんだよね」

「……うん?」

「おかしくねーだろ、めちゃくちゃ良いだけだ」


 アホらし──そう付け加えられて、少しだけ手が震えた。


「えー、英凜の記憶力がめっちゃいいなんて分かってんじゃん。中間もほぼ満点で」

「その〝良い〟ってのがどの程度なんだって話だよ。昨日見せてもらったんだ、ペットボトルの成分表示で」


 一瞬見ただけの成分表示を一言一句違わず覚えてみせた、ついでに昨日具合が悪かったのはいわば記憶のし過ぎらしい、そんな話を聞いた桜井くんは──目を輝かせた。


「なにそれ! スゲェ! 瞬間記憶能力ってヤツ!?」


 最初はみんなそう言う。みんながみんなできることじゃないから、まるでそれが特別なことであるかのように。

 だからその反応は、慣れっことは言わないけれど、取り立てて感動するようなものではなかった。

 本当は、桜井くんや雲雀くんの何気ない一言で、自分が正常だと確信して、救われた気持ちになりたかったんだけどな──。ふたりは何も悪くなく、ただ私が持っている救いの受容体(レセプター)はふたりの言葉の形をしていなかったらしい。心のどこかでそんな期待をしていた自分に苦笑いしてしまう。


「……そんな大層なものじゃないよ。昨日のお店の光景とかも、まだ暫くは覚えてるけど、解像度はそんなに高くないし、文字レベルで永遠に記憶してるわけでもないし」


 それこそ、あらゆる光景を絵で再現できるほどに永続的に記憶しておけるのであれば、それは特殊能力と呼べたかもしれないし、呼んでもらえたかもしれない。でも、私の記憶力は異常に〝良い〟の範疇を出ないのだ。


「え、じゃあ教科書とかはどうなの? 一回見ただけで丸暗記?」

「できなくはないけど……」


 パラパラッと試すようにノートを捲めくった。ノートはノートを取る段階で頭に入るからこの話の対象外だ。


「何かを見るって、おおまかには視界に入ることと意識的に見ることのふたつがあるじゃん。視界に入ったものを写真みたいに覚えることもあるけど、どっちかいうと一時的なことが多いかな。教科書の内容は意識的に見るから、一回で覚えてはいると思う……」

「思う? って? 覚えてないところもあるってこと?」

「というか……ほら、さっき雲雀くんが言ったこと。いちいち教科書を見てテストを解くと面倒でしょ。それと同じで、いちいち写真みたいに思い出してるわけじゃないんだよね。例えば、初代内閣総理大臣は誰だって言われたとき、教科書の文章を思い出さなくても、それは伊藤博文って反射で出てくるようなものでしょ?」

「確かにな」


 その程度ならいくらでも誰にでも当てはまることだ、そう言いたげに雲雀くんは頷いた。


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