ぼくらは群青を探している
「でも耳で聞いた情報だけ記憶してることもあるし……、情報同士の繋がりを頭の中で整理した結果として記憶してる情報もあるし……。きっと私がおかしいのって写真みたいに覚えることなんだろうけど、どこまでその写真みたいな記憶に頼ってるのか分からないんだよね。で、その程度はきっと普通の人と同じだと、思ってるし」


 なにせ、私が言われてきたのは「よく覚えてるね」というありきたりな、プラスともゼロともとれるような褒め言葉だけだったのだから。

 桜井くんは暫く首を捻っていた。雲雀くんは無言だった。


「……とりあえず俺には英凜の記憶力がめっちゃいいってことしか分からなかった」


 ……桜井くんの感想は期待を裏切らなかった。救われやしないけど、桜井くんがそう言ってくれることは分かっていた。


「俺も頭が良い以上には思わねーけどな。ペットボトルのくだりがあると、まあめちゃくちゃ良いなとは思うけど」


 雲雀くんだって、昨日の有様を見てもこれだ。なんなら雲雀くんには、私には何が見えないのかまで伝えたのに。

 そうだ、ふたりは最初からそうだ。このふたりは最初から、私を異常者扱いしない――。


「え、で、結局なんで試験勉強すんの? しなくてよくない?」

「だからそれは教科書を見ながらテストを解くのは面倒って話で……」

「つか数学は?」

「数学と英語は覚えることが少ないからしないかな……」

「公式は!? あ、一回見れば覚えてるのか」

「そうだね……でも数学は本当に記憶に頼らなくていいからいいと思う。知らなくても考えれば解けるから」

「……やべー、どうしよう侑生」


 桜井くんは助けを求めるように雲雀くんを見た。


「やっぱ俺にはどれだけ英凜の頭が良いのか聞かされてる気しかしない」

「いやだから私の頭は……」

「つか英凜ってなんでそんだけ頭良くて自分の頭悪い悪いつってんの? ツクミン先輩が『三国ちゃんがいじめるよーう』って喚いてた」


 桜井くんの声真似が意外と似ていたので吹き出してしまった。今のは九十三(つくみ)先輩のあの軽薄な声そのものだ。雲雀くんも似ていると思ったのだろう、桜井くんに「お前無駄な特技覚えたな」と白い目を向けている。


「まあ……頭が悪いのは……覚えるばっかりで他のことができないからで……」

「英凜なんかできないっけ?」

「……つかいい加減勉強しろよ。お前のために集まってやってんだぞ」


 遂に雲雀くんがしびれを切らした。……いや、もしかしたら私の何がおかしいのか、その核心に触れさせるのを避けたのかもしれない。


「あー、うん、勉強ね……」


 ただ、それは桜井くんの知ったことではない。それどころか、その話題にこそ触れてほしくなかったと言わんばかりにそっと目をそらす。雲雀くんは更に白い目を向けた。


「……お前、勉強を口実(こうじつ)に遊びたかっただけだろ」

「だって俺らが誘わないと英凜は家から出てこないじゃん」

「私を引きこもりみたいに言うのやめて」


 悪びれないどころか、とんだ語弊(ごへい)のある言い方だ。雲雀くんは桜井くんの家に断りもなく勝手に遊びに行くのが常になっていて、そして桜井くんもそれを歓迎しているのだろうけれど、それはふたりの関係性あっての話だ。私がそんなことをできるわけがない。


「でも本当じゃん。胡桃なんか誰も呼んでないのに勝手に来て『来てやったのに』って顔してんだぜ」

「牧落さんは桜井くんの幼馴染なんだから、私より桜井くんとの距離が近いでしょ」

「え!」


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